21回【さっぽろ下田塾】

 

今は皆さんどのくらいの割合で漢方を使っておられますか。

 

(皆さん)67割ぐらいです。

 

私のところでは、地元から受診する人には仕方なく西洋薬もかなり使うのですが、よそから来る人に、西洋薬を併用する場合、一番多いのはアルドステロン症の予防のための抗アルドステロン剤で、あと痛みなどに対して座薬、そして抗生物質ぐらいです。

 

 これは、本間行彦先生の「本気で長生きしてみませんか」という本を見れば非常に良くわかるのですが、本来生薬というものは、人間のDNAの中に、ちゃんと利用する力が与えられているのです。ビタミンも、本来体内にないのですが、昔から食べ物などの中に含まれていたものです。とにかく最終的に目指そうとしているのは、生薬やビタミン剤以外の、「人間が化学的に合成した薬をどれだけ使わないでやっていくか」ということで、それをずっと追っているのです。

 

 なぜかというと、私自身の体がそうだからなのです。前にお話ししたかもしれませんが、私自身がリウマチや喘息を持っており、最近は西洋薬が全然だめになりました。患者さんに使って副作用を出したことがない薬でも、自分で使うと、漢方以外は必ず書いてある通りの副作用が出ます。座薬さえ最近だめです。座薬を使ったらどうなるかというと、痛みはその時は楽になりますが、Nsaidsの副作用がはっきり出て、もう眩暈がして動けなくなるのです。ガスターでライ症候群になったりしました。

 

 何か私は自分に教えられているような気がするのです。これらの薬は大部分の人には副作用を出しません。でも副作用を出さなければ安全かというと、そうとは言えないのです。敏感な人間に対してそれだけの副作用を出し得る薬が、普通に人は本当に大丈夫なのかといったら、おそらく副作用を出さないだけで、その人の体は一生懸命それを解毒しようとして頑張っているはずなのです。人間が自分で処理する力が与えられていない薬ですから当たり前のことですね。

 

 抗生物質は本来生薬的なものであり大丈夫なのですが、化学療法剤、例えばニューキノロン剤等は全然ダメです。それこそガスターなんて、自分には害を出したけれど、患者さん自体には副作用を出したことはありません。でも、私がライ症候群を起こして、半年後にその薬屋さんが添付文書を持ってきました。見ると、ガスターでライ症候群を起こすことがあると、ちやんと警告が出たのです。「ああ、これは私がなった」と言ったら、その薬屋さんは苦笑していましたね。

 

ということは、(止むに止まれず使っている面はありますが)副作用が出ないからと言って、「目先の症状を取ることで、人工的に作られた西洋薬を投与しているということは、もしかしたら将来的に別の病気をつくっていっているのではないか」という可能性は否定できないのです。

 

 最近は本当にそう思っています。「害になる薬を与えない」という言葉が、ナイチンゲール誓詞か、ヒポクラテスの誓いか、どちらかにありますよね。

 

 だから、そういう人工的な薬を投与するとき、自分の中で、「副作用は出ていないけれど、もしかしたら将来的に別の病気をつくる薬を使っているのかもしれない」と自戒しながら、できるだけそれを投与しないで済むようなやり方というのを模索していっているのです。それが最近の私の医療の1つの流れなのです。だから、どんどん西洋薬は減ってきています。もう可能な限り、漢方や生薬で代用できるならそれでやろうと思っています。皆さんもできるだけ頑張ってください。

 

 それと、もう1つ気付いてきたのは、東洋医学をやっていることの素晴らしさです。何が一番素晴らしいと思いますか。自分も最近まで気が付かなかったのです。西洋医学でやると、結構格好いい世界もそれなりにあるのですが、西洋医学だけで第一線で開業しておられる先生は、今はどうですかね。大病院に勤めておられる方は一生それでやるかどうかは別として、常に新しい知識を学べますからまだいいのです。

 

 西洋医学というのは分析医学ですからね、常に細かいところ、細かいところを掘り下げていかなければいけませんし、第一線でやり続けようと思ったらもう常に勉強しなければなりません。例えば開業されると分かるのですが、開業してしまって、西洋医学だけでやっていたら、5年たったら過去の人になって、10年たったら今は大昔の人になってしまうだろうと思います。もう全然ついていけません。西洋医学だけでやっていると、次々と新しいものが出てきて、最初5年ぐらいまでは何とか、それまでの知識でカバーできるのですが、10年たつともう、新しい治療法や診断法というのは、自分に取り入れることすらできなくなります。

 

 ところが東洋医学は違うのです 東洋医学に取り組んでいけば、年々力量を高めていけます。一生高めていくことができます。これはやはりすごいことなのです。例えば、私自身で考えてみると、20年前北海道に来たころは、まだ実は自分でもリウマチの患者さんに、一部分ステロイド剤も内服させていましたし、関節注射もしていましたし、あるいは関節の液を抜いたりもしていました。そのころのリウマチの患者さんというのは、今振り返ると10人のうち1人か2人ぐらいしかよくなった人はいなかったと思います。

 

 今は、来院されるので一番多いのがリウマチの患者さんです。ほとんどステロイド漬けになっていて、全例ステロイドを離脱させてやっていますが、ドロップアウトするのは年に一人か二人ぐらいでしょうか。ドロップアウトしないということは、1年がかり、2年がかり、期間はかかりはしますが、何とかよくなっていっているのです。でも最近では、データを見ていたら、半年か1年ぐらいでどんどんそれが改善する例も出てきています。

 

 私はだいぶ前からリウマチの患者さんに、ステロイドはとにかくだめだと言っています。関節注射もあるときまではしていましたが、どうも関節注射をすると、結局関節をだめにしてしまうみたいだというのでやめました。それから、整形は関節をひどいときはギプスで固めてまでも動かさないようにしていましたが、私はこれを動かせ動かせと言っていました。旭川から勉強に来ている整形の先生が言っていましたね。最近、整形も変わってきたのだそうです。やはり動かす方がいいし、関節注射はよくないと言うようになったそうです。そしてその先生が言うには、今はもうステロイドのEBMを確かめているのだそうです それでどうも結論としては、リウマチにステロイドは効かない、そういう結論が出そうだということです もう、どうなるのでしょうね。「今まで何をやっていたのか」と言って、かなりパニックになるかもしれませんね。目先の症状は取るけれど、骨破壊という別の病気をつくっていたのです。まさに先程言った西洋薬の悪い点を、ステロイドでやり続けていたわけですね。

 

 そう言えば近頃、一林先生と一緒に診ていてびっくりした肺咳の患者さんがいました。肺咳なんか、本来うちで診る限り重い患者さんではないのです。何でこの人は札幌から延々と通ってくるのだろうと思って、よくお話を聞いたのです。既往歴は書かせていますが、私はあまり西洋医学的な面はまともに見ていないのですね。初診に忙しくて、ついつい東洋医学的な所見ばかりしか診ないのです。

 

 その患者さんは、太陰肺を中心とした鍼をして、やはりちゃんと肺を対象とした漢方でうまくいっているのです。肺咳というのは喘息の中で、本来一番軽いタイプなのに、何で延々と来ているのかと思っていたら、その方はいわゆる西洋薬の過敏症みたいなのです。最後はステロイドにも過敏性を示して、喘息発作のときにステロイドを静注されて、呼吸停止を起こして、それで低酸素脳症の治療までしたというのです。もうほかに方法がないというので、私のところにみえている方でした。既往歴をきちんと見ていたら、すごく重い患者だと思って、こっちも多少びびったかもしれないのです。10年ぐらい前の自分だったら、やはりかなり緊張して診たのだろうなと思います。 

 

要するに、本来重症だといわれている人でも、年々自分の能力が上がるにつれて、重症だと意識しなくなってくるのです。治せる疾患というのはすごく増えてきます。じゃあ、自分がすごく大きくなるかといったら、また別なのですよ。これは非常に深い話なのです。年々、治せる世界というのは広くなっていきます。極端なことを言ったら、10年前と今とを比べたら、例えば10倍も重い疾患を治療できるようになっているかもしれないのですが、見える世界は100倍ぐらいになっているのです。見える世界がもう無限に広がってきますので、相対的に自分は逆に年々小さくなってしまうのですね。

 

 でも、普通に医療をやれば、自分のところからせいぜい何キロ四方の患者さんを相手にするしかないはずなのに、あんな山の中で、北海道中の患者さんが来てくれるというのは、やはり東洋医学というのはすごい世界だなと思いながらやっています。

 勉強は一生になります。途中で挫折したり、絶望したりする必要はないのです。どんどん深まっていきます。広がるのではないのです。多分深まるのです。だから一生懸命やっていってください。それで、いつも言うように実践の医学ですから、いくら耳学問をやってもだめです。とにかく間違ってもいいから使ってみるのです。

 

今日は五淋散からですね。これはどちらかといったら際物的な薬ではあります。一般に尿路疾患で、ファーストで使うとしたら猪苓湯ですね。これはそんなに使うものではないのです。尿路疾患が慢性化したときは、猪苓湯合四物湯というのをよく使います。五淋散はあんまり陰陽五行とは関係ないようなのです。一応、膀胱経とか下焦の薬だと書いていますが、結構満遍なく三経に対応するいろいろな薬が入っているのです。だから体質というよりも症状で、治りにくいときにいろいろ使ってみて、当たるとこれがいいのかなというような感じで使います。

 

 一応、熱症状があって淋症状があり、そして結構痛みもある、こういう疾患のときに使います。はっきり言ってこの五淋散の証というのはあまり感じたことがないですね。ほとんど症状で判断します。熱というのは発熱ではないのです。まあ炎症的な、あるいは熱性所見みたいなものがあることを言います。それから非常におしっこに頻回に行って、行くたびに痛みます。そういう疾患で、必ずしも特徴的な証があるわけではないのです。

 

 猪苓湯もそうなのですが、尿の症状ということで、他にあまり話していませんね。五淋散は、例えば猪苓湯あるいは猪苓湯合四物湯などに芍薬、甘草などを加えると、非常に似た処方になってきますので、まあ好みかなというぐらいです。でも時々は使っています。悪いお薬ではないのですが、合えば結果オーライでいいのかなということです。糸球体腎炎等には一般に無効というのは当たり前ですね。尿路感染の薬です。

 

IgA腎症の患者さんはだんだん増えてきて、昨日もまた1人おいでになりました。そういう系統で一番基本になるのは柴苓湯ですが、その加減方を使うことが多いです 小柴胡湯に五苓散だけ生薬でやるとかします。腎炎などの場合は、小柴胡湯を生薬で使うとかえって強過ぎるような感じがします。だから、柴苓湯のエキスを使うか、あるいは小柴胡湯のエキスを使って、五苓散の部分を生薬で加えたりしていることが多いようです。

 

 まあ五淋散はそういうことで、そんなに難しく使う薬ではありません。先程言ったように尿路感染のときに、一般的に一番よく効くのは、やはりニューキノロンなのですよね。それでこれもずっと使ってきたのですが、普通の抗生物質よりニューキノロンというのは間違いなく危ないのです。だから最近はもうできるだけ使わないか、あるいは使ったとしてもごく短期間です。

 

 人間が化学的に合成した薬で、問題を起こすのは、たいてい長期大量投与なのです。だからもう本当に1週間以内ぐらいにして、あとこういう漢方薬でやっていきます。そうすると意外とうまくいっている例が多いので、それでいいのかなと最近は思っています。

 

 次が半夏白朮天麻湯です。これは、すごくいい薬です。いわゆる広義のメニエールです。本当の純粋なメニエールは狭義のメニエールで、確か10万人に1人とか100万人に1人というレベルですよね。半夏白朮天麻湯は、いわゆるメニエール症状を示す中の明らかな水毒を伴うタイプに使います。

 

 水毒の薬の中に、いろいろ眩暈に対する成分なども加えてあるのが、この半夏白朮天麻湯です。いつも言うように、この水毒のタイプは、急性期の症状だけを取ろうと思ったら、五苓散でオーケーのはずです。五苓散がまったく無効だったら、半夏白朮天麻湯は効きません。五苓散が有効であれば半夏白朮天麻湯は必ず効きます。いつも言うように、水の病変の一番基本方は五苓散です。しかも、これもしばしば言うように、五苓散に少量の葛根湯を加えると最強の利尿剤になりますので、葛根湯五苓散という格好で、例えば頓服で飲ませて、まったく効き目がなければ水毒ではありませんね。そういう例に対しては、この半夏白朮天麻湯は効きません。

 

 この場合、なぜ水毒が出てくるかというと、胃や肺の、要するに太陰の働きが弱いために、体内に蓄えた水を腎に十分下ろすことができないからですね。そのために水があふれてきます。腎が悪くて水を受けることができなかったら、前にも言ったように、肺の方にあふれてきます。ところが、肺や脾がうまく受けられなかったら、もっと上の方にしばしばあふれてくるので、四十肩、五十肩になったり、特発性浮腫のようになったり、メニエールみたいな症状をしばしば出します。

 

 だから、この半夏白朮天麻湯の人は、発作を起こす前は太陰の人ですから、これはテキストに書いているように六君子湯の状態です。さらに六君子湯は、四君子湯が基本です。ただ、天麻を加えてあるのが特徴です。ここでようやく天麻というのが出てきたのですが、これだけは肝に効く薬なのです 脳に作用する薬なのですが肝の薬なのです。脳循環そのものは、本来心の支配だといつも言っていましたよね。ところが、脳に作用する肝の作用というのがあるのです。素問か霊枢かどちらかに書いてあるのですが、霊枢かもしれませんが、経絡の巡りから行くと十二経絡をずっと回って、最後は足の厥陰肝経から脳に上がってきます。

 

 十二経絡の流れは、患者さんによっては、ちゃんと経絡の流れに鍼をしたら、それがすごく分かる人がいますね。自分で順番に、ああ、ここに伝わってきているという風にね。そしてこれは経絡反応としてだいぶ昔に研究されているのです。そういう敏感な人を選んで、どこに鍼をすると、どこに反応が出たりというように、ちゃんとテストされているのですね。そうするとやはりこの経絡図通りになっているのです。

 

 しかも、どういうふうに流れているかというと、手の経絡を頭の方に流れていき、顔で交差して反対側の足に下がって行くのです。そして足の経絡は下がった後、同じ側を上がっていきます。上がってきたら、同じ側の手に入ります。手から戻ってきたらやはり顔で交差して、また反対側に行って、順繰りに左右に流れていくのですね。右は右、左は左に流れているのではないのです。右も左も交差しながら、全身を巡っていきます。そして最後に厥陰肝経というのは上がってきて、肝に入って、その次、太陰肺に行くことになっているのですが、実際はその肝のところから、1回脳にフイードバックみたいなものを掛けるのですね これがストレスセンサーとしての肝の働きなのです

 

 そしてストレスを受けた結果、それがこたえてしまうと、肺に出てきてしまうので、ストレスを受けているときは抑うつ的な、要するに反応性のうつ、あるいは反応性の神経過敏みたいな状態になります。いよいよやられて脳から出てくるときは、肺に出てきますから、非常に重い本物のうつになっていくのです。だから肝などは、脳の機能そのものとは違うのですが、外界からのものの影響を厥陰肝経から脳に伝えますし、そして逆に脳がもうそれでまいってしまうと、肺に非常に重いそういう精神症状を伝えるのです。

 

 天麻の話から脱線してしまったのですが、要するに山梔子と天麻の2つだけが脳に入る薬になっています。そして山梔子は脳に入りますが、ちょっと心(脳の機能)も絡んでいるはずなのです。天麻の方は肝に絡んでいます。

 

 脾や肺が虚していたら、当然肝陽が上がります。太陰の人というのは、脾や肺が虚していて、はっきり言えば世渡りが下手なのです。世渡りが下手な人が一生懸命頑張って生きていると、センサーである肝がちょっと過緊張状態になってしまいます。そのために、余計その肝陽が上がり、ふらふら感などが強くなってきます。それをなだめるために、半夏白朮天麻湯にこの天麻が入っているのです。だから出来上がった日本の処方で天麻が入っているのはこれだけでしょうか。でも現代中医学では、この天麻というのは釣藤鈎と合わせてよく使うのです。

 

 今まで何度も話したと思うのですが、釣藤鈎が入っている薬を3つ挙げると、釣藤散と抑肝散と七物降下湯ですね。それぞれ太陰と厥陰と少陰の薬ですが、それらに対してこの天麻を加えてあげると、鎮静作用というか、要するに肝陽をなだめる作用がよく出ます。もちろん、抑肝散は肝そのものが緊張している状態です。七物降下湯は腎が虚しているために肝心火旺になります。釣藤散は、脾虚肺虚のために肝陽が上がっている状態です。いずれにせよ、肝陽が上がっているのです。それに対してそれをなだめる意味で、天麻というのはよく使います。

 

 天麻は末でも結構使います。よっぽど好き嫌いがある人を除いて、たいていは末で大丈夫です。ただ天麻は紅参と同じぐらい値段が高いのです。生薬で加えるもので一番高いのはサフランです。天麻と紅参はほとんど同じぐらいの値段だったと思います。天麻は末として加える分には1グラムか2グラムで十分効きます。煎じ薬として中に入れる分でも、2グラムしか入っていないぐらいです。まあ中医の天麻釣藤飲などは、例によって8グラムとかそれぐらい使っていますが、そんなにはいらないのです。

 

 半夏白朮天麻湯に戻りますと、私のところではメニエール症状を訴えてくる人の8割か9割は、一応これになります1割か2割は脳血管性です。それ以外はあまりないと思います。本当の典型的な水毒は、西洋医学での治療はかなり難しく、頑固でいつまでも治らないのやす。やはり水毒の治療は漢方しかないからでしょうかね。一切宣伝していませんので、そんなにたくさんは来ません。口コミで皆さんおいでになりますが、だいたい来てから発作を起こすのは1回か2回で、そのまま治まってしまいます。

 

 これは前の五苓散の時にお話ししたかもしれません。私は医者になってからずっと漢方を同時にやっているので、こういうメニエール症状というのを全然重いものと理解していなかったのです。だから、そういう方が来たときはどんな人でも、「ああ、メニエール症状ですね、治りますよ」と最初に言ってしまうものですから、「それにまずびっくりする」と後から皆さんに言われるのです。耳鼻科に行くと、「厄介な病気だね、長くかかるよ、治らないよ」と言われると言います。「今までどこへ行ってもそうだった。治りますよと言われて半信半疑でいたら、もう1年間、発作を起こしていません」と言います。実際に治ってしまうのです。全然苦労したことがありません。たいていそういう人というのは、もう仕事を辞めるか辞めないか、そんなぎりぎりの状態でおいでになります。前にお話ししたかと思うのですが、良くなった後でその方が、それまでかかっていた総合病院の耳鼻科に行ったら、そこの先生は大学から来ていて、「いや、俺の薬でこんなによくなるはずがない、お前何をしたんだ」と聞かれたと言っていました。

 

 七物降下湯の適応となる眩暈は、脳血管性のものですから、簡単に症状ゼロにならないのは当たり前です。でも半夏白朮天麻湯の眩暈というのは水毒の眩暈ですから、水がきちんと処理されれば何の難しさもないのです。分かりやすく言えば二日酔いを治すのと一緒です。二日酔いは水毒の急性症ですからね。その慢性症が、俗にメニエールと言われている状態なのです。だから何も難しいことはないですね。

 

(会場から) その場合、やはり舌とかの水毒はありますか。

 

慢性の時は、もちろん舌の水毒があります。急性症のときは出る場合もありますが、そんなにいつでもではありません。でも、慢性症は、塩分の取り方が必ず多いですから、減塩指導は必ずします。舌に水が溢れているのは、もう明らかに解ります。しかも、たいていの場合は冷えていることが多いので、舌が白っぽくて圧痕があることが多いです。

 

(会場から)半夏白朮天麻湯の代わりに五苓散を使ったらどうでしょうか。

 

五苓散は鑑別診断ですから、まあある程度は効きますが、それだけではやはりちょっと不満が残ると思います。頓服としては効きますが、やはり是非、半夏白朮天麻湯で治療されるようにしてください。高いお薬ではないので、ストックしてもそんなに負担にならないと思います。

 

これが効くかどうかの鑑別は、先程言ったように葛根湯五苓散でやります。やはり本気で治していこうと思ったら、この半夏白朮天麻湯を使った方がいいのです。

 

それと眩暈に対しては耳鍼が良く効きます。前にもお話ししましたように、要するにこの睾丸点(皮質下)というのと、それのこちら側の暈点、それとよく使うのはやっぱり水を動かすために内分泌を加えます。それと、バランスを取るために交感は入れて、あと当然脾虚肺虚肝陽上亢を取っていきますよね。肝陽もそういうことでとります。痛みはあまりないので、たぶん神門や枕はいらないのだろうと思います。それから吐き気なんかを抑える意味で、胃を取ったり耳中を取ったり、そういうツボを取りながら、特にこの暈点と皮質下(睾丸)のこの2点をきちんと取ってやれば、その場で眩暈は軽くなるのです。体鍼で取るときは、これは結構分かれるのです。基本は要するに太陰なのですが、衝脈に出るときと帯脈に出るときがあって、ちょっとこの鑑別は難しいです。衝脈というのは突き上げてくる眩暈で、しばしば回転性眩暈になります。わーっと地面が上がってくる様な感じです。逆に帯脈というのは落ち込んでいくのです。ぼわーっと気が遠くなって倒れるような眩暈になります。これを間違えなければ、だいたい太陰を中心として体鍼をすれば良いのです。

 

 でも眩暈そのものに関しては、耳鍼の暈点というのが非常によくて簡単です。要するに眩暈を和らげる点で、非常によく効きます。ちなみに脳血管由来になると、これではなくて脳頂を取ることになります。

 

 強い眩暈ではなくて、むしろ吐き気が強く、いかにも心気症というか、気持ちがこもっているだけの眩暈だなという状態で、非常に強い冷えを訴える人の場合は呉茱萸湯ということがあります。半夏白朮天麻湯との明白な違いは、呉茱萸湯の場合、冷えはありますが水毒はないのです。半夏白朮天麻湯もしばしば冷えていますが、はっきりこちらは水毒が明らかです。

 

次は清上防風湯です。これも際物的な皮膚薬です。荊芥、防風、白芍は、皮膚の炎症を抑える薬の代表です。連翹とか桔梗というのは排膿を促す薬で、黄連、黄芩、山梔子は黄連解毒湯の骨格です。

 

ただし、黄柏が入っていないのです。黄柏というのは、黄連解毒湯を下にも効かせるために入れてあるのですが、わざわざそれを除いて、下の方向に効く薬をなくして、逆に桔梗、川芎、白芍という他の薬を上に持っていく作用のある薬を集めてあって、最終的に、黄連、黄芩、山梔子の解毒作用、それから荊芥、防風、桔梗など、この付近の皮膚に対する消炎作用を働かせようとしているのです。

 

 これも本当に際物といいますか、いわゆる非常に重症型のニキビに使います。青年期に多い普通のニキビには、出してみたのですがあまり効かないのです。青春期に普通にできるにきびというのは、自然経過だからたぶん効かないのだと思います。だからコスメティツクな意味で気にして来たニキビの人に清上防風湯を処方しても、まあ気休めぐらいかなという感じですが、それでも喜んで飲む人はいます。本人がくれと言うから出しておくかと言うだけで、こちらも診るたびに良くなったという感じがしないのですが、本当の重症のニキビにはよく効きます。もう皮膚科もさんざん回ったけどどうにもならない、本当にこれはニキビと言っていいのだろうか、皮膚の化膿症と言うのではないだろうかというような、そういう状態の人には、これ1つで見事に効きます。化膿度がさらに強ければ、排膿散及湯というのを加えればいいのです。排膿散及湯というのは、清上防風湯と成分がほとんど重なってきてしまうのですが、一番大事な成分は桔梗であり、二方を併用することで、更に作用が高まるのです。最近は、エキスの分量をできるだけ増やしたくないので、桔梗や、あるいは排膿を促すために連翹とか防風、そういうものを、ほんの少量、05グラムずつぐらい加えて処方したりします。そうすると、ほとんど清上防風湯という骨格を変えないで、上半身のそういう化膿性の炎症、皮膚の炎症には非常によく効くのです。

 

アトピーなどでも、最後にこの処方の状態になる人が出てくるのです。ステロイドを切ってアトビーを治療していっていると、20人のうち19人までは、最後は上半身に集まります。だんだん上に来て、最後はお顔に集まります。

 

 これはまだ私もどこが違うのか解らないのです。アトビーの人はだいたいほとんど太陰で同じでも良いはずなのですが、20人のうち1人ぐらい、逆に下に下がって、お尻の周りに集まります。だいたい腰から下、足までずっと広がっていて、だんだん足の方は引いてきて、最後は本当に肛門周囲に集まって治っていきます。

 

どちらが楽かと言ったら、良し悪しですね。顔に集まる方はコスメティツクな意味で悩みますね。やはりお顔が真っ赤になって、どろどろになったりしますからね。でも範囲が狭いのです。下に下がっていく方が、両下肢一面が、全部どろどろになったりしたら、結構範囲が広いのでつらいですね。だから、どちらが良いのかよく分からないのですが、いずれにしてもこれは作為的にできないのです。どちらかになってしまいます。だいたい大部分が上半身に集まって、最後はお顔に集まります。

 

 そのお顔に集まってきた段階で、例えばそれまで荊芥連翹湯を使っていた人を、清上防風湯に変方して使うこともあります。だからこの処方を一発で、これだけで使うというときは、先程言ったように重症型のニキビです。でも、それはそんなに数多くありませんので、実際にはこういうアトビー的なものの、治りかけのときに結構使います。本当は際物的なものですが、面白い薬としてよく使っています。まあアトビーの患者さんが多いから、どうしてもそうなってきますね。

 

 次が帰脾湯です。これはもう今まで何度も話してきました。人参剤の四君子湯を中心として、それに黄耆を加えて参耆剤にしてやって、さらに脾に働く薬を使っています。むしろ現実に使う処方としては、後から出てくる加味帰脾湯の方が多くなります。精神科でない限り、普通に開業していると、通ってくる患者さんは、帰脾湯レベルの人は、あまり来ることはないです。それはどうしてかというと、非常に症状が軽いか、非常に重過ぎて動けないか、どちらかだからです。

 

加味帰脾湯というのは、これに柴胡などが加わっており、要するに社会に対応できているから、もうちょっと強い人なのです。反応もしているし、いろいろな症状を出すので、やはり医療機関に来ようとします。帰脾湯の状態というのは本当のうつか、加味帰脾湯まで行かない軽いうつか、どちらかなのです。要するに緊張を伴わないうつか、もううつそのものでつぶされてしまって、全然身動きもできないかです。

 

 だから、項目その他のところに書いていたと思うのですが、この帰脾湯は、飲ませてから現実に自殺した例が報告されているのです。ちょうどうつの患者が治りかけに自殺するのと同じです。加味帰脾湯の患者で、それでよくなるレベルであるならば、そういう心配はないです。そしてうんと軽いうつ、加味帰脾湯まで行かないうつぐらいの人は、初めから医療機関にはあまり来ないで、家に閉じこもっているのです。

 

 本当に帰脾湯段階のうつというのを、果たして一般内科で治療して良いのかどうか、ちょっと疑問はあります。私自身は心療内科もやっているのですが、大うつ病と統合失調症と本物のてんかん、この3つはやはり脳から出発する疾患だと考えていて、これは残念ながら東洋医学が基本的には及ばない世界だと思っています。

 

 何度も言っているように、東洋医学というのは食べ物や、体を流れている気の流れを調節することで、人間の自然治癒力に頼る治療ですから、脳から出発していろいろ症状を出しているものは、やはり基本的には適応外であると思っています。だから大うつ病と診断したときは、僕は速やかに精神科に紹介状を書いています。

 

 そういうことで、帰脾湯そのものは意外と使っていません。加味帰脾湯はたくさん使います。たまに使っている場合は、結局、加味帰脾湯と同じ考え方で、別の柴胡剤と一緒に使うという場合がまずあります。それから、先程言ったように本当は加味帰脾湯まで行かないぐらいの軽いうつ状態の、緊張を伴わないぐらいのうつ状態を、本人は気付かないで、全く別の病気で来ている人がいます。“ああ、この人は、本来はちょっと脾が衰えていて、軽いうつがひっそりあるのだなという人に、病名はそういうふうに言わないで、「これは胃腸にいい薬で元気が出るよ」という格好で出しているぐらいです。はっきり帰脾湯の適応のうつで、これで本格的に治療するのだという意識で投与したことはありません。

 

 それから文献を読むと、一応これは血に働く薬として再生不良性貧血とかいろいろ載っているのですが、実は、血液疾患もかなり診ていた時期があって、本当にどうなのかというのをかなりやってみたことがありましたが、残念ながら再生示良性貧血などには効きませんでした。だから、どうなのでしょう、こういううつ的な人に少し貧血傾向が出てくることもありますので、そういう場合は、この帰脾湯だけではなくて、四物湯と併用していることが多いようです。

 

 山の中で医療をやるようになってから、血液疾患の人が命がけでわざわざやってくる事はほとんどありません。もし皆さんのところでそういう機会があったら、もう1回確かめてみて、教えてくれるとうれしいなと思っています。

 

 この帰脾湯に、四物湯を加えていった薬味を調べてみれば解ると思いますが、十全大補湯をもうちょっと強化したような処方になります。

 

この中に出てくる遠志、木香というのは、プロドラッグとして結構催眠作用がある漢方薬という面で面白いのです。酸棗仁湯が漢方の眠剤としては有名なのですが、前に話したように寝床を整えてやるような薬です。本来の催眠作用はあまりないのです。ところが帰脾湯に入っている遠志、木香というのは、本当に(これはちやんとどこかの大学で研究していて、)服用してから体内で、本来の催眠性物質に変わることが発表されています。

 

 院外処方などで簡単に処方できる方はやってみてください。エキス剤の半分でいいです。遠志10、木香05で、振り出しで夜寝る前に飲ませるのです。どうしても西洋の眠剤は飲みたくないという人に関しては、さっき言った酸棗仁湯を出して、酸棗仁湯を飲むときに、一緒にこれを振り出して、この振り出した液で酸棗仁湯を飲んでくださいというような格好で出しているのです。

 

(振り出しの仕方:生薬を一回分ずつ煎じ袋に入れて、急須に入れお湯を注ぎ、34分後に服む)

 

 要するに酸棗仁エキスを25グラム、それに遠志を10グラム、木香を0.5グラムで渡して振り出し、それで3人に1人ぐらいはうまくいっていますので、捨てたものではないと思います。

 

 漢方の中で、はっきりターゲットを絞ってやれるような薬というのは、ちょっと少ないですからね。

 

 次が参蘇飲です。これは風邪薬系統の中で一番使う機会は少ない薬です。一通り全部話し終わった後で、また風邪薬は風邪薬で全部話す予定にはしているのですが、やはり風邪薬系統を考えていくときには、いつも言うように六経弁証でやっていき、陽明病、太陽病、少陽病、そういう流れで見ていくので、参蘇飲は、はまりにくいのです。強いて言えば、これは陽明の薬なのですが、陽明の病の急性期と言えば、やはり一番ばっと出てくるのは葛根湯です。そして葛根湯の方が麻黄も入っていて強いので、どうしても葛根湯を使いやすくなります。でも、もともと普通のときは太陰の人で明らかに(外邪が)陽明から入ってくる人、そういう人に麻黄を含む風邪薬を使うと、副作用の出る方がいます そういう場合に参蘇飲を使うというのが1つはあるのです。

 

それと文献を調べていると、この処方はスペイン風邪のときに作られているのです。スペイン風邪は死亡率が二十数パーセントぐらいの風邪で、SARSの段ではないのです。ところが、参蘇飲が非常によく効いて、たくさんの人を助けた医者がいるという報告があるのです。ということは、新しいそういう風邪のたぐいが一番入りやすいのは、やはり太陰の人なのでしょう。表面の防衛系が一番弱いわけですからそうかもしれません。

 

SARSの治療も、風邪薬というよりも、伝え聞く限りでは一番よく効いて使われていたのは、六君子湯だそうです。やはり新しいそういう感染症が入ってくるときは、最初にもらうのは太陰の人なのでしょう。だから、本当にそのとき葛根湯ではだめだったのかもしれません。太陰の中でも一番弱い人だと、確かに麻黄がだめだったのかもしれません。麻黄を使うと副作用ばかり出るので、この参蘇飲というのは、結局麻黄をわざと除いて、太陰を補う薬を入れて、そして陽明を和らげる成分を入れているわけです。非常に面白い薬です。参蘇飲を使う人は、実際には1年に何人かしかいません。例えば、これしか薬がないとすれば、もうちょっと使うのかもしれません。六経弁証でば−つと診てしまうものですから、太陽と陽明の合病か、じやあ葛根湯だ。咳はしていなくて胃腸症状だけか、じやあ、桂枝加葛根湯だ。いや、汗をかいているから桂枝加黄耆湯だ、太陽に来たな、最初から太陽か、桂麻各半湯かなとか、桂枝湯かな、麻黄湯かなと、そういうやり方でずっと行ってしまうものですから、参蘇飲というのは出て来ないのです。

 

 ちょっとずれて、最初から少し少陽が上がっているかなといったら、香蘇散を使ってしまいます。香蘇散までは結構使うのです。参蘇飲は、強い症状を和らげる薬味は入っていないものですから、何となく使わないでしまいます。でもスペイン風邪を救命したという報告がかなりあるわけですから、時と場合によってはやはり必要です。だから、今年SARSがもしこの冬、日本に入ってきたりしたら、意外と武器になるのかもしれないなと思っているのです。頭の中に一応インプットしてみたところですね。

 

次が女神散です。これは項目その他で書いているように、加味逍遙散の実証方と考えると一番解りやすいです。香附子、木香、檳榔子、この付近が気を動かします。

 

ただ、加味逍遙散は柴胡ですから、精神的ふらつきの度合いが大きいのです。柴胡というのは、柴胡だけで使うと、センサーとしての肝のその部分に作用するのだという話を、いっもしていると思います。その代わり香附子ということですから、柴胡ほどふらつかないのです。

 

 女神散の人も訴えはすごく多いです。前にも言ったように、加味逍遙散の人はしゃべらせていたら30分でもしゃべっています。だから、なかなかこっちが大変だという話をしました。女神散の人もそうなのです。非常にこれは訴えが多いです。でも、加味逍遙散の人はかわいいです。かわいくて、時間さえあれば、いつまでも話させていていいなと思うぐらいかわいいのです。本当に夢二の描く少女みたいな雰囲気です。今まで診た人はみんなそうでした。女の人で加味逍遙散だよという人は、本当にかわいいのです。

 

 女神散は違います。口うるさい、文句ばっかり言うおばさんという感じ、頑固な感じでやはり実証なのです。そして症状もいっぱい言うけれど、その症状そのものもちょっと頑固で固定的なのです。だから女神散は、そういう言い方をしたら悪いのですけれど、いわゆるオバタリアン的で、できれば早く切り上げたいなというような方になってくるのです。

 

 他の所見は、ほとんど加味逍遙散と似た感じです。ただ加味逍遙散の舌というのは非常にきれいな舌です。明るい紅色の舌に薄い苔、まあ黄色、たまに少し黒みがかっていることがあります。女神散の場合は、もうちょっと赤みが強くて、苔はたいていの場合は黒苔のことが多いですね。

 

 加味逍遙散の人の場合は、臓腑弁証をすると7割から8割が肝で、2割から3割が腎です。ところが女神散になると肝は多いのですが、少陰の人が3割以上で、大抵は腎ですが、時に心の人がいます。そう言えば今の時期は少陰の心か腎かを区別しようと思うと、まだできる季節なのですが、明後日ぐらいから真冬に入りますので、脈診ができなくなります。

 

 ちょっと脈診の話をします。今思い出したのですが、脈診を難しいと思っておられる方というのは、意外とその脈の指を当てる位置がずれていることが多いのです。これはもう本当に繰り返し触る癖をつけてください。脈気の始まるところ、まあ尽きるところと私は反対に言うのですが、始まるところに人差し指を置かないといけないのです。その人の脈の始まるところにすっと指が行くかどうかが決め手になります。うまくいっていないなと思うときは、置いている位置が度々指1本ずれています。

 

 こちらにはちやんと捉えることができるのに、その位置では脈を捉えることができないと言うから、やはりこれは訓練なのでしょうね。繰り返さないと仕方ないのでしょうね。本当に始まるところから、順番に指を置いていかないと脈診はできません。できてもできなくてもとにかく、必ず両手で捉え続けるようにしてください。

 

 そして脈診で診断できなければ、逆行的に処方から修練すればいいのです。この人は加味逍遙散だと間違いなく思う患者さんがいて、加味逍遙散を出して元気になっていっているのなら、その人の脈をずっと取り続けます。そうしたら、例えば、立冬から2週間(117日から1122日ぐらい)の間は、加味逍遙散の人の場合だったら、肝の位置か腎の位置に必ず冬の脈が出てきます。こもをかぶったような脈です。それで、「ああ、これが冬の脈だ、ここが肝の位置なのだ」というのが解ってきます。あるいはここが腎の位置なのだというのが解ってきます。

 

 処方から逆にその患者さんの見当を付けておくと、その季節で解ります。少陰の人だったら、その時期に心か腎かの区別が付きますね。太陰の人も肺か脾かの区別が付きます。そうすると面白いことに、やはり加味帰脾湯を出している人は脾なのです。まず、ほとんど肺ではなくて脾ですね。八味丸系統を出している人はやはり少陰の腎です。脳に作用する薬の七物降下湯の人は、腎ではなくて心です。そういう区別が付いてきます。だから処方の方から脈診を覚えていくというのも手なのです。ずっと取り続けていると、そういう季節の変わり目などで脈診というものが見えてきます。

 

 それでまあ女神散なのですが、テキストに書いてある通り、ほとんど加味逍遙散の頑固型ということです。ただ、少陰の絡む面がかなりあるので、いわゆる心火が上がっているような状態を示す場合もあります。加味逍遙散の場合は、心下をちょっと痛がるとか、あるいは胸脇苦満を訴えることが少しはあるのですが、そんなに強いものではありません。でも女神散の場合は、本人は気付いていなくて、胃の症状は必ずしも訴えていないことが多いのですが、心下部に手を置くと初めて痛がります。置くと痛い、何だろうというように、結構強い痛みがあります。それから動悸と書いていますけれども、これはお臍の上や下に動悸を訴えるのですが、他覚的には動悸は触れません。臍上の悸とか、臍傍の悸というのは、例えば柴胡加竜骨牡蛎湯とか、あるいは場合によっては桂枝茯苓丸とかああいうもので、実際に動悸を触れることはあるのですが、女神散は触れません。本人が訴えるだけなのです。

 

 一般に動悸を訴えて、実際に心電図を取ると、脈の異常とか頻脈とか、そういうのがある人もいますが、この女神散の動悸というのは、全然他覚的に捉えられないのです。腹証でも捉えられないし、心電図などでも捉えられません。だから多分やはりこの心火が上がっているための、本人の自覚症状だけなのだろうと思います。

 

 使っている人というのは、そんなに多くないです。加味逍遙散の3分の14分の1ぐらいでしょうか。でも、先程言ったように結構頑固な症状ですので、飲み始めたらずっとお飲みになる方が多いです。途中で廃薬するというのはあまりありません。少なくとも更年期が完全に過ぎるまでは飲み続ける方が多いような気がします。だからこれは合うと本人はすごく楽になれるわけです。それこそ頑固な症状が取れてきますので、非常に喜んで飲み続けることが多いのです。

 

次が二朮湯です。これも先程話した半夏白朮天麻湯とほとんど同じです。半夏白朮天麻湯は水の病証で、眩暈というような感じで来ているのですが、そういうところに来ないで肩に来てしまったのです。もともと太陰の人だから、どちらかといったらうつ的で静かな人が多いです。塩分の取り方は多く、そして水が下げられなくなって、でも耳まで上がって眩暈というところまでは水が上がらないで、肩関節にたまるという状態です。

 

 これは麻黄も附子も入っていないのですが、四十肩、五十肩には本当によく効きます。これだけで、麻黄剤も附子剤もいらないことが非常に多いのです。要するに水を動かす薬と、後は漢方には珍しく鎮痛剤です。本当に鎮痛剤が入っています。まあNsaidsとどう違うのか、私もよく分からないのですが、これらの薬はほとんど鎮痛以外にはあんまり使わないです。それでも、どちらかといったら温める薬が多いから、やはり西洋医学の鎮痛剤とはちょっと違うのでしょうね。ほとんどニ朮湯以外で使っていないですね。薬の特徴が私も解らないのです。でも本当に面白い薬です。

 

 四十肩、五十肩といいますけれども、いつも言うように、水の病証というのは、体の中の水分含量が変わるときに出てくるみたいです。そして、今人間は何か若返ってきているのです。四十肩、五十肩という言葉はもう合わないみたいです。整形の先生自体がそう言います。今どのくらいを中心に出てくるかというと、50代の後半から70代の前半に出てきます。だから7掛けの法則なのでしょうね。例えば60歳を7掛けすると42歳でしょう。75歳を7掛けすると五十数歳になりますよね。だから昔、四十肩、五十肩といわれていたからと、その目で見ていると見誤ります。肩関節の症状を特に40代で訴えてきた場合には、逆に違う病気かもしれないと思った方がいいかもしれません。リウマチ性のものだとか、労働過多で、肩の筋肉の断裂などを起こしている例があります。

 

そうすると、これも鑑別は水が溢れているかどうかなのです。痛みですから、やはり葛根湯五苓散でも痛みは完全には取れません。まあ、葛根加朮附湯と五苓散だったらもうちょっといいかもしれません。それで鑑別診断はできます。少なくとも頓服させても肩の動きはよくなります。

 

 これは、耳鍼が非常に簡単です。太陰だから、肺と脾が虚していて、当然肝が上がりますので、肝実脾虚肺虚で取ります。後は痛みですから、神門と枕を取ります。それに肩の3点(鎖骨、頚、肩)を取ります。そして炎症を抑え、水を引くために、内分泌と腎上腺を取ります。

 

 最初、耳の鍼の場合は必ずその痛い側を取ります。耳の鍼は同側の方がよく効きます。体の鍼は、まあ極端なことを言ったら、右肩を痛がっているときは左の足を重点的に取るのです。体鍼で、陰陽五行で取る場合もありますし、一林先生が来ているときに1回だけやりましたが、反対側の足の王穴(おおけつ)というのを長い鍼で刺したりします。 非常に簡単です。今の取り方で、その場で動かしてごらんと言って、動かなかったら皆さんの診断が間違っているのです。その場で動きます。その場で回るようになったと言います。本当に難しいものではありません。それで合ってしまえば、後はニ朮湯でいいわけです。何の難しさもありません。

 

リウマチなどでしたら葛根加朮附湯や薏苡仁湯を主にすることが多いのですが、四十肩、五十肩に関してはまずほとんど、ニ朮湯だけでやっているような気がします。どうしても冷えが強い人に附子を加えたりすることはあります。

 

 これも本当に際物の薬です。逆に言えば他の疾患にはほとんど使いません。例えばリウマチによるものとか、肩の使い過ぎによって起こる肩の痛みにニ朮湯を出しても全然効きません。起こっている痛みの原因の性質が全く違いますので当たり前のことですね。肩関節周囲炎という格好で来る方は結構多いですよ。これは耳の鍼で、診断即治療につなげられる一番の症例です。そして、こちらが胃を痛くするような重い病気でもないから、案外気楽にやれます。あまり重い病気を最初から何でもやろうとすると、本当に胃が痛くなる思いをしますね。

 

 体力の虚実を問わないと書いています。対症的にというか、もう病名診断的に診て、水が溢れているなら、それでほとんど投与して構わないし、そのときに脈を取ってみれば、肺か脾かどちらかにその季節の脈、あるいは季節の初めじゃないときには、最後まで残る脈があります。だから、それで自分の診断技術を上げていってください。別にあまり難しい話ではないのです。

 

次が温経湯です。これも面白い薬です。この薬味の処方が『金匱要略』に載っているということで、温経湯という名前を付けているということは、張仲景より前に作られた薬だということなのですね。そして本当に意味のある名前です。

 

 要するに経絡そのものを温めるのです。経絡そのものを温めるというのは非常に含蓄のある言葉です。いつも言うように、温かい気は陽経脈に乗って下に下りていき、冷たい気は陰経脈に乗って上に上げていくことで、経絡の中の温度というのが調節されているのです。経絡の気が滞ると、経絡そのものが冷えてきて、当然経脈の血も滞ります。気、血が滞っているとどういうことになるかというと、体の芯が冷えます。そして手足もしばしば冷たいのに、本人は火照っているのだと言います。そして陰陽がうまく合わないと、冷えていながらどこかに逆に内熱を生むという、変な状態になってしまうのです。

 

 重い病気そのものではないのです。体質的な問題です。だから、症状だけ変な状態になってしまうのです。本人にとっては非常に苦痛な症状になりますが、この状態というのは、どこで検査をしても、「あんたはどこも異常がないよ」と言われてしまうのです。そしてしばしば安定剤などを投与されて、余計ふらふらになって、不満たらたらで来るのです。

 

 中心は熱と冷えと両方があるというのが非常に特徴的です。どこかが火照ると、その裏返しでどこかが冷えるという様に、明らかに離反するような症状です。往来寒熱というと、またちょっと別の病証になってくるのですが、1人の人間の中で、この部分が熱くなっているからこの部分が冷えているというような、何か独特の症状で、本人は非常に具合が悪いのです。

 

 だから温経湯もいろいろ書いてあります。芎帰膠艾湯、当帰芍薬散、桂枝茯苓丸、当帰四逆加呉茱萸生姜湯等を全部混ぜて、合わせてエッセンスを取り出したような薬なのです。たいていの本にこのことは書いてあります。

 かといって、典型的な血の道の薬かというと、そうではないのです。いわゆる瘀血に対する薬というのはほとんど入っていません。だから温経なのです。何度も言うように。温血ではないのです。経絡を温めて、経路の気の流れをよくすることで、結果として血も動くでしょうという薬です。

 

 これは腹証に関しては非常に難しいこともあるのです。瘀血の圧痛があると主張する方もいます。感じとして、どう言えばいいでしょう。ないかと言ったらあるのです。あるけれど何というか、桂枝茯苓丸だったら、例えばこういうところ(臍の左)をちょっと指で触っただけでやっぱり顔をしかめます。桃核承気湯だともっとひどいし、こすったら足を引っ込めるぐらいです。

 

 四物湯だったら特有の四物湯の圧痛があります。大黄牡丹皮湯はこちら(臍の右)側にあるのです。桃紅四物湯だったらこれ(四物湯の腹証)がもっと強くなっています。いずれも頑丈でかなり強いものがあるのです。

 

 でもこの温経湯の人は、手を置くと瘀血塊が確かに触るのです。そしてうんと強く押すと圧痛を訴えます。それはやはり血海を押すと消えます。でも、ちょっと触っただけでは、本人は何の反応も示しません。じわっと触っていると瘀血塊はあります。だからあるけど強くないというか、周りの方が瘀血するというか、瘀血といっていいのかいけないのか何とも言えないのです。だから私はそう書けないので、本来普通だったら瘀血の圧痛点などが出てくるはずのこの一帯、要するに桃核承気湯や桂枝茯苓丸、大黄牡丹皮湯、四物湯、こういうものの圧痛点が現れるぐらいのところに、膨満感や不快感、圧痛などを認めると書いているのです。

 

 本によっては瘀血があるのだと書いていると思います。とらえ方と表現の仕方で違うのであって、それは別に間違っているわけでも何でもありません。

 

こういうもの(桃核承気湯、桂枝茯苓丸、大黄牡丹皮湯、四物湯)よりは遥かにマイルドな瘀血と言っていいのだろうかと思いますが、でも確かにこの付近に何かあるぞという変化はあります。何もないのではないのです。

 

 そして、実は当帰芍薬散と当帰湯、それからこの温経湯は、妊娠中にも案外安心して飲ませられる薬です。要するに強い駆瘀血剤を含んでいないからなのです。強いて言えば牡丹皮が多少あるのですが、まあ全体の薬味が多いので、案外牡丹皮の作用が強く出てこないのです。妊娠中のご婦人に黙って一番飲ませられるのは、やはり当帰芍薬散です。本人が合うというのです。その次が当帰湯より温経湯が多いかもしれないです。やはり本人が合う、合っておいしく飲めるというのが、間違いなく妊娠中には一番合う薬のような気がします。

 

 もう1つ、これは時間がかからないと思うので人参養栄湯まで行きましょうか。

 

これは十全大補湯の加減方です。十全大補湯の川芎の代わりに遠志、陳皮、五味子、さらに温める薬、それから咳を少し去るというような薬、それから少し精神も安らぐような、、水もちょっと取る薬が入っているということになっているのですが、実はあんまり意識して使っていません。いっも言うように、結構ドライに分けています。60歳以下は十全大補湯、70歳以上は人参養栄湯、60歳から70歳の間はどっちか、年齢よりより年を取って見える人は人参養栄湯を使うし、より若く見える人は十全大補湯を使います。

 

 大事なことですが、もともとずっと胃腸の弱かった人は、実はなかなか人参養栄湯や十全大補湯の状態にならないのです。胃腸がずっと弱かった人はやはり補中益気湯とか、あるいは六君子湯とかになっていくのですが、ここまでは来ないのですね。

 

 十全大補湯や人参養栄湯になるという方は、やはり命にかかわるエピソードを経験していることが多いのです。一番多いのが大手術、大事故です。命にかかわるぐらいの精神的なショックでも、やはり損なわれることがあります。だから、いつも言うように、三陰三陽図の中で十全大補湯と人参養栄湯は、含まれている薬味は太陰の薬がすごく多いにもかかわらず、少陰に分類しているのはそのためなのです。人間の生命の根幹である心や腎が損なわれるぐらいの大変なエピソードに出合った後に、この薬が必要な状態になります。しかもその状態のときに使えば非常によく効きます。

 

 消化器やそういう本格的な外科で、術後にこれを使っているところは、いつかエビデンスとして評価されるときが来ると私は思います。もうかなり発表されていますからね。術後、例えば普通に食事を取れるまでの期間が、明らかに短く、離床期間も短いのです。それだけじやないのです。心も元気になります。危険にさらされると心も萎縮してしまっていますから、精神活動も落ちてしまうのですが、この人参養栄湯や十全大補湯を使うと非常に元気になります。お年寄りの場合は単に離床期間どころか、おそらく術後などの長期生存率にも響いてくるのではないでしょうかね。若い人は離床までの時間の差ぐらいでしか差は出ないと思うのですが、お年寄りは術後どのぐらい生存するかというのに、明らかに響いてくるような気がします。

 

 時々いるのです。時々だから比較しようがないのですが、うわさを聞きつけていて、手術を受けて、昨日退院したのですと言って来る人がいます。そういう人はやはりほとんどどちらかの薬を、先程言ったような基準で出します。まあ、場合によってはこれだけでは足りなくて、しばしば紅参や黄耆、参耆組や、あるいはさらに少陰の気を高める意味で、附子などを加えることもありますけれども、いずれにせよ、うまく合うとみるみる元気になってきます。何らかの意味で消耗していた生命力を取り戻すような感じで、来るたびに急速に元気になってきまして、本人が理屈抜きで、「この薬を飲み出したらものが食べられるようになって、元気が出てきた」と言います。検査データ云々よりも、本人の自覚でこんなに解る薬はないぐらい、合うときは合いますので、どんどん使っていって、使いでのある薬だと思います。今日はここまでで終わりたいと思います。今日のところでまた質問があれば、お答えしていきます。

 

(会場) 眩暈に半夏白朮天麻湯を使いますが、牛車腎気丸も効きますか。

 

(下田)牛車腎気丸ではなくて、一応、八味地黄丸も眩暈の薬です でもこれは、気の上昇による眩暈です。要するに腎陰が不足することで、やはり肝心火旺があります。でも本来は冷えがあるから上がりにくいのに、それでも一部分は上がってくる部分があるのです。それを抑えるために、本来八味地黄丸には桂皮が入っているのです。本来起こりにくいのですが、それでも気がなおかつ上がるのです。

 

 要するに桂枝で効くのですが、これは桂枝人参湯などの眩暈と同じで、どちらかと言ったら気の上昇によるものなのです。

 

半夏白朮天麻湯の眩暈は水の増量による眩暈で、全然違うものです。

 

牛車腎気丸は、むしろ八味地黄丸の作用を下半身に作用させるために、牛膝、車前子を加えてあるわけですから八味地黄丸に眩暈と書く方が良いと思います。

 

(会場) 牛車腎気丸は糖尿病を治す作用はありますか。

 

(下田)糖尿病の代謝がまだ悪い段階で一番よく効くのは、やはり白虎加人参湯の煎じ薬、あるいは内服で普通にやるとしたら五苓散や五苓散人参湯です。牛車腎気丸を使う段階になったら、糖尿病は腎に入った段階ですね。

 

 腎に入った段階というのは、当然糖尿病性腎症や糖尿病の神経障害が出てきた段階なので、東洋医学でも西洋医学でも難しい段階です。いつも言っていますように、要するに腎は補うことができないのです。だから漢方治療は主体にはならないのです。もちろん併用するのは構いませんが、牛車腎気丸だけで糖尿病性腎症や神経症が治るかと言われたら、私はそういう冒険をしない方がいいかと思います。

 

(会場) 座骨神経痛様の症状で、右側の足だったものですから、体鍼で右の経路を取っていきました。今のお話を聞いて、体鍼というの左にやるべきなのですか。耳は同側ですが。

 

(下田) 耳は同側ですね。右下肢のどこに一番症状が出ているのですか。

 

(会場) 右下肢の裏側の方です。

 

(下田)そうしたら原則として使うのは、右下肢の裏側は本来太陽膀胱経か、少陰腎経に当たります。そうしたら手の太陽小腸経とか、少陰心経の穴を使うことが多いです。私の場合は全身調節する鍼をし、それにあと耳鍼や、あるいは背部の愈穴を加えることが多いのですが、あえて体鍼でどこを使うかというなら、基本はそれです。それを全部組み合わせることで、今は陰陽太極の鍼というのをやっているのです。それと、お薬は何を使われましたか。

 

(会場) 薬は牛車腎気丸を使っているのですけれども、正直言うとあまり症状が良くならなくて。

 

(下田) たぶん坐骨神経痛という格好になると、牛車腎気丸だけでは弱いので、薏苡仁湯と併用した方がいいか、あるいは疎経活血湯に附子を加えて使ったらいかがでしょうね。たぶん膀胱経や腎経に来ているのだったら、そうではないかなと思います。

 

(会場) ありがとうございます。

 

(下田) よろしいですか。それでは今日のお話を終わらせていただきます。

 

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