13回「札幌下田熟」講義録

 

今度、東洋医学会から 「入門漢方医学」という本が会員に送られてきました。この本は良いのか悪いのかよく分からない面があります。良い事も書いてありますが、これは仕方ないの だろうと思います。いつも言う様に東洋医学会というのはいろいろな派の漢方が入り混じっています。始めの数頁に書いてありますが、中国から金元医学の時代 に日本に入ってきたのが日本の後世方となります。その後に日本独自で古方というのが起こりますが、これは金元医学の前の傷寒論に立ち返っています。そして 古方が過激になりすぎたので、後世方と古方の折衷派と言ったグループが出てきたのです。金元医学は傷寒論から離れた医学ですが、どちらかと言ったら陰陽五 行に基づいています。そして現代の中医学というのは一旦滅びかけた医学を無理やりまとめたものです。金元医学は鍼灸の理論も入っているのですが、日本では これは目の見えない人のものとして、いわゆる専業とされました。目の見えない方がやるから陰陽五行臓腑というのはあまり関係なくなり、目本では鍼灸と湯液 とが完全に分離してしまいました。中国でも金元医学以来、鍼灸と湯液の関係があまり解らなくなってしまいました。ところがずっと大本の黄帝内経、難経、本 草経、傷寒金匱等、この附近の古典をしっかり読めば本当は湯液と鍼灸は表裏一体だったのが解るのです。そして現在は、後世方、古方、折衷派、中医学等がバ ラバラに存在しているのです。

「入門漢方医学」はお互 いに対立している部分には巧みに触れないまま、自分たちの主張していることは、しっくりいっている様に集大成されているのです。

たとえば陰陽について も、古方の立場の人の言っているのは他の方達とは違います。中医学で言う気血水も他の人達の言っているのとは違います。それぞれ他の立場の方達を批判しな いで自分の立場を書いているので、読めば読むほど混乱すると思います。昨年も新年会の時の講演会では中間のまとめをお話したと思いますが、今回もきちんと 私のお話したことをまとめてみます。

一つは古典のとらえ方で す。これは絶体的なものです。私の古典のとらえ方、理論のとらえ方は一般的な漢方のそれとは全く違います。今日本で行われている漢方の先生方の理論では、 古典も経験の積み重ねで集大成されたもので、まだ、未完成の部分もあるよというものなのです。昔からいろいろな医師が経験を残し、その後も何人もの先生の 経験が加わり、その積み重ねで出来た理論という事なのです。私が何度も言っているのはこれが間違いだと言うことです。積み重ねて集大成されるというのはデ カルト的な考えで、要するに西洋医学的な考え方です。西洋医学というのは弁証されて、追試をして出来上がっているのです。そうではなくて私が掴んでいる東 洋医学というのは全く逆なのです。最初に完全なものがあったのです。これは神と言おうが仏と言おうが、根源なるものと言おうが良いのですが、そういうもの によって造られたものがあったのです。人問が始めに自然界に造られた時から人間の構造が決められていて、それに見合う自然界の薬物というか生薬というのが 対応していたのです。解り易く言えば、どんなに時代が変わっても、四千年前の人間の体に流れていた経絡と、われわれに流れている経絡が違っている訳はない のです(因みに言えば動物にも経絡があります。獣医さんで 鍼治療されている方がいます)。そして最初に完全なものが あったのですがそれを逆に段々忘れて来て、失った部分があるのです。未完成なのではないのです。積み重なったものを未完成だから完成しようと努力するので はなく、完全だったものを伝承し切れないで、忘れてしまった。それをどうやって取り戻すかと言うことが必要なのです。ここを押さえてくれないといけないの です。前にもお話しましたが、目指しているのは技術の向上ではなく、能力の向上なのです。一人の患者さんを見たとき、理屈でどうこう言うのでなくて、パッ とその患者さんがどういうところに間題があって薬は何を使うかということが解ることなのです。それが能力の間題なのです。そこを亢めて行ってほしいと言う ことです。これが一点目であり最大の違いです。

本来、鍼灸と湯液の理論 は同じ理屈から来ているのでほとんどイコールです。ただし湯液とエキス剤は近似ですが全くイコールではありません。ほとんどの先生はエキス剤の説明を湯液 の考え方でやっており、逆に現代医学の立場からやった人というのは大抵エキス剤しか使っていないのですが、エキス剤を古典の文章を使って説明しています。 どちらも少し間違いなのです。鍼灸と湯液は大まかに一致しますが、湯液とエキス剤は湯液でしか効かないものと、エキス剤でなければならないものもある、と 言うことは前にも何度か話しましたね。これが二点目の違いです。

三点目の違いは四診で す。特に舌診は望診ではないと言うことです。望診と言うのはパッと捕らえてしまうのです。患者さんが部屋に入って来た瞬間に、脈を取らなくても舌を見なく ても患者さんが座る段階で解ることです。それ以降の一生懸命診るはすべて切診です。

陰陽に関しては何度も言 いました。陰は臓で陽は腑です。陰病は中から出てくる慢性疾患で、陽病は外から入る急性疾患です。陰病陽病は経絡に乗っかって発症するのですが、この前か ら言っている内外両因病も一応経絡に乗っかって発症します。不内外因は経絡を横断するので普通の経絡の考え方ではなかなか成り立たなくなります。鍼治療 は、内因病は皮部に来て発症するので皮内鍼が効きます。外因病は皮部から中に入って発症しますので豪鍼(長 い鍼)が効くのです。ところが一般の鍼灸院では、古典の当 時、外因病がほとんどで外因病のことしかあまり書かれていないので、内因病の治療はほとんど出来ないのです。ところがこの不内外因と内外両因病は経絡の途 中に発症しますから、丁度中間ですので、この附近は鍼灸院でもある程度やっているのです。たとえば、事故の後遺症とかリウマチだとかはある程度治療できま す。しかし、純粋な内因病はあまり治療できないのです。不内外因や内外両因病でも皮内鍼では短すぎるし、豪鍼では長過ぎるので、帯に短したすきに長しで、 鍼治療もなかなか難しいところではあるのです。これが四点目の違いです。

それと六経弁証では古方 も中医学も太陽病を出発としますが、内経に従うと太陽、陽明、少陽になります。でも本当は感染経路として最初に陽明があるのだという事です。時に膀胱炎と して突然太陽(膀胱経)から入るものもあれば、まれに胆のう炎のように少陽(胆経)か ら入るものもありますが、大部分の傷寒は呼吸器や口から入ります。そうすると、陽明、太陽、少陽という順番になりますが、大部分は太陽、陽明の合病として 発症し、症状は陽明がちょっとで太陽が主になりますので、太陽、陽明、少陽の順番に見えるのだと言うことは何度か話しましたね。これが五点目の違いです。

 

本来は陽明太陽少 陽陽明

中医学は太陽陽明少 陽

古方は太陽少陽陽 明

 

それと気血水の問題で す。この本では気、血、水を対等の病証として扱っています。太陽、少陽、陽明みたいに、あるいは太陰、少陰、厥陰みたいに三つの病証が対等であるかのよう にしばしば表現しますが、本来は気、血、水は全然本質が違うのです。気は生命そのものです。血は気に伴う生命現象そのものです。水は非生命で物理現象で す。要するに生命である気で動かされて血が生命現象を営み、そういうものに従って非生命現象として動くのが水という事なのです。病証として気、血、水が現 れるのですが、対等に論ずるものではないのです。

本によっては血について すべてを 血と表現しているものもありますが、本来は血は血瘀と血虚に分けられます。これが六点目です。

それから、最後は合方、 加減法と薬用量についてです。「合方にするな、加減法するな」と書かれていますが、最初のうちは確かにそのほうが良いのですが、最初からこれとこれは混ぜ ても良いですよと言うこともあります。でも、何故合方、加減法をやたらとしない方が良いかと言うと、それをすると最初に言った「能力を高める」ということ に対して、しぱしばマイナスに働くからです。それはどういうことかと言うと、最初に言いました様に、一つ一つの処方を覚えていくと皆さんの今抱えている患 者さんの95%は治りますよということですが、95%の患者さんをどんどん治していくうちに、あるとき解ってしまうことが あるのです。例えばインフルエンザが流行しているときに葛根湯を何百人か投与しているうちに、ある時「あっ、葛根湯というのはこういう薬なのだ!」と解ってしまうのです。頭で理解するのではなくて解ってしまうのです。 そうなるとこの様なテキストは要らなくなります。「あっ、葛根湯だ」と思って理屈も
考えずに投与しても、後からテキストを見ると、自分の見た所見が、書いてある通りになっているのです。そういうふうになって欲 しいのです。能力が亢まるというのはそういうことなのです。「小柴胡湯はこういう薬なのだ!  葛根湯はこういう薬なので!」というようにスパッと解るようになることなのです。

現在130以上の薬が保険に収載されており、私も全部は解ってはいませんが1OOぐらいは解っています。100ぐ らいの処方が解る様になると自然に薬のネットワークが出来上るのです。合方加減法も自由自在になるのです。だからまず130いくつの処方をまる覚えしてどんどん使っていただきたいのです。

次に薬用量の問題です が、これは初心者向けの薬用量のことが書いてあります。例えば同じ麻黄剤を二つ混ぜたような処方をするなと書いてあります。でも私は敢えてします。葛根湯 加川芎辛夷と小青竜湯の合方をやります。なぜかというと、水が停滞していて冷えて、少し熱症状があり、乾燥する鼻炎で麻黄を増量して使いたいときにはわざ とやるのです。柴胡を増やしたいが他の薬は増やしたくない等の時に、二つの柴胡剤を合方する場合もあるのです。薬味が解っていて合方するのと解らないで混 ぜるのとは全然意味が違うのです。例えば風邪が流行っている時によくやるのが、桂麻各半湯に生薬の麻黄と桂皮を加え加味法を行ったりします。ある程度薬味 が解って来て薬を丸づかみ出来る様になると、合方加減法は自由自在になるのです。その為に出来るだけ繁用処方をどんどん使ってください。理屈で解るのでな く、使いながら最古から伝えられてきたものは何なのかと言うことを掴んで欲しいのです。言葉でなかなか説明しにくい面もあるのですが、皆さんが一人一人自 分で使いながら「あっ、これが昔の人が伝えたかった事なのだ。」というのを掴んでいって欲しいのです。

皆さんは葛根湯とはどう いうイメージでしょうか?

答 「風邪の初期で寒々 として顔も蒼ざめていて頭痛をしたりしている状態です。」

それも一つの良い答えで すね。ただ葛根湯の大きな部分が抜けているのは、葛根湯のどこかに、表は肺ですが裏の大腸や胃の症状が潜在的にあるという事です。そして肺や脾の働きが悪 いために、どこかで水の流れが悪くなっています。こういうものをどこかで感じさせる病証で、しかも大低の場合は外からの陽病であるという事です。ここのと ころをどこかで意識しないといけないのです。

葛根湯証      陽 病

大腸       水の 停滞が潜在

胃        

      脾

 

これが全く感じられなけ れば葛根湯ではなく麻黄湯や桂麻各半湯ですね。必ず上記の症状があるという事です。だから葛根が配剤されているのです。葛根は陽明の主薬なのだからです。 条文には必ずしも書かれていないことも多いのですが、丁寧に診れば必ずあります。例えば、葛根湯の人は自分でも風邪かどうか解らない場合があり、胃の具合 が悪いと言って来たりします。逆に、風邪の症状だけを言う場合がありますが、よく聞くとそういえば23日前から食欲がなかったとか、考えてみたらいつも便秘しないのに23日 前から便秘していたとかの症状があります。だから太陽と陽明の合病と言うのです。そういうふうに、わし掴みにとらえておくと葛根湯というのは他の薬との区 別がつくのです。そして脈を診れば必ず右手の肺か脾の脈が浮いています。麻黄湯や桂麻各半湯の場合は左手の心や腎の脈が浮きます。これは慣れて来るとそん なに難しくなく解る様になります。

今日は小柴胡湯です。大 柴胡湯の大に対する小です。柴胡の特徴を一番出しているから柴胡湯と言います。その中の一番強いのが大柴胡湯で、小柴胡湯はそれよりちょっとマイルドな柴 胡湯です。柴胡の特徴を一番強めてくれるのが黄芩です。柴胡黄芩組というのは生薬の言葉で言えば寒性の薬ですが、解り易く言えば消炎剤です。麻黄とか桂枝 は温める薬で辛温解表剤です。それに対して、柴胡黄芩組は寒性で、涼と言う字が付いており、冷やし叩くいわゆる瀉薬です。いつも言う様に柴組と連組という消炎剤は西洋 医学には無い類のものです。西洋医学ではNsaidは消炎 剤と言われますが、本当の意味での消炎剤にはなりませんし、あとはステロイドぐらいですね。インターフェロンは自己免疫系を刺激するだけでそのまま消炎作 用を現わす訳ではないですね。西洋医学には柴組や連組の様な薬は無いので す。それだけに非常に激しい薬です。

小柴胡湯というのは間題 になる前から、一律にああいう使い方をしていたら、そのうち大変なことになるよと言っていたのですが、しぱらくしてその通りになりました(間質性肺炎)。 その当時私のところで使っている柴胡剤の統計をとってみたのですが、柴組を含むものとして、大 柴胡湯、小柴胡湯、柴胡桂枝乾姜湯、柴胡桂枝湯、柴陥湯、大柴胡湯去大黄、柴胡加竜骨牡蠣湯、柴朴湯、柴苓湯等の使用量を見ましたら、これら全部がほとん ど同じ量でした。一番多いのと一番少ないものと比べてみても、一倍半ぐらいでした。小柴胡湯のブームの時、私のところから大学病院や総合病院クラスに肝炎 の精査を頼みましたが、帰ってきたら小柴胡湯に変更されていました。どこを切っても金太郎飴という状態でした。肝炎に対して有効な治療法が無かったので す。今でも肝臓病の治療の教科書には小柴胡湯が有カな薬として載せてあります。もちろんインターフェロンと併用することは出来ないとあります。小柴胡湯は 西洋医学で評価されている数少ない薬ですが、だからと言って何が何でも小柴胡湯というのはおかしいのです。じゃあ悪い薬かといったらそんなことは無いので す。小柴胡湯と言うのは非常に良い薬です。非常に良い薬だからあんな事になってまったのです。悪い薬だったら、あれだけの薬害と言ってもよいことにはなら なかったと思います。

組というと非常に強い消 炎剤です。そして大柴胡湯や柴胡加竜骨牡蠣湯はその柴組の作用を強める様に 造ってあるのです。だから大柴胡湯を長く使っていたりすると、体が損なわれて行くことが非常に多いのです。ところが小柴胡湯というのは柴組で体が損なわれて行く のを守る為に、人参や姜棗組や甘草等を入れてマイルドにしてあります。でも、柴組の消炎作用はしっかり あるのです。西洋医学的にも理解できます。一方で毒を飲みながらそれを緩和する薬を飲んでも、毒は毒の作用を発揮します。逆にこれだけの強い薬を、体を保 護する薬が入っていてマイルドになって飲めたものだから、結果としてああいう副作用を出すことになったのです。でも、小柴胡湯は非常に良い薬ですので大切 に使って欲しいと思います。

組は消炎作用で、柴胡と 半夏の組み合わせは肝気を廻らします。肝気を廻らせるという簡単な言い方をしますけど、今日、最初に話しましたが気というのは生命そのもので、肝にまつわ る生命を廻らせるのです。肝のところで滞っている生命を廻らせるのが柴胡と半夏なのです。私がいつも何とかの気を廻らせると言っているのは皆こういう意味 なのです。肝のところで気が廻っていないとどういうことになるかと言うと、胸脇苦満が出てきます。術者の能力が高まると悸肋部に手掌を置くだけで患者さん は痛がります。最初のうちは叩いたり押さえたりしてみます。

この間、面白い例があり ました。右半分から中央よりに抵抗がありましたが、あれは心下痞でした。胸脇苦満の場合は右半分を越えて抵抗があります。半分を越えない時は心下痞のこと が多いのです。胸脇苦満は西洋医学の肝臓と関係ある場合もありますが、関係ない場合もあります。左にも胸脇苦満が出ることがありますからね。肝経の廻りが 悪くなると最終的に期門から中に入りますので、左右に胸脇苦満が出る可能性があります。この場合、肝臓に炎症がある場合もあり、横隔膜面に炎症がある場合 もあります。又、その附近の臓器、例えば腎等に炎症がある場合もあります。要するに横隔膜面に近く厥陰肝経の気の流れに影響を与えるところに炎症を起こす 疾患を解いてくれる薬で、あんまり攻める一方ではなくて体もある程度保護してくれてやさしく瀉してくれるのが小柴胡湯という薬です。しかも、その炎症とい うのは線維化を起こすタイプであると言えば解り易いですね。だから線維化を起こす疾患の代表はウイルス性肝炎です。横隔膜面に線維症を起こす疾患は肺線維 症ですが、これを起こすかなり大きな部分は膠原病です。こういうものに対する薬というのは西洋薬には無いのです。いろいろ西洋医学はやっています。ステロ イドや免疫抑制剤等いろいろやって、次々と失敗しています。ところで、肝炎の場合でも膠原病に近い疾患ではあるのですが、自己免疫性の肝炎の場合は必ずし も柴胡の適応ではない場合もあります。やはり、ウイルス性肝炎の方が線維化を起こしやすいのです。自己免疫性肝炎というのは原発性胆汁性肝硬変(PBC)等と言われる場合もあるのですが、現実にPBCに関して言えぱ今そういう診断がついている人が10人ぐらいおり、最高10何 年診ている人もいますが、全く進行していません。肝炎の特徴すら出ていません。線維化も全然進まないのです。そういう場合は柴胡剤を使っていません。だか ら自己免疫性肝炎はウイルス性肝炎とちょっと違うのかも知れません。そして肝経の流れというのは卵巣を通ります。男性の場合は精巣を通りますけれど、精巣 にからむ病気というのはあまり無いのですね。精巣というのは癌になる他はあまりドラマチックな変化は起こさないです。ゆっくり立ち上ってゆっくり衰えてい くのです。卵巣の場合は非常にドラマチックな変化をするものですから、肝にからむ疾患というのは女性の生理周期に従って非常に悪化するのです。リウマチは 特に肝にからみやすいので、女性のリウマチは更年期に圧倒的に多いのです。40代 半ばぐらいに発症して来るのが一番多いのです。そういうことで小柴胡湯というのはこういう薬だということをわし掴みにしてしまうと、あとは自由自在に使え ます。五苓散と合方したり、半夏厚朴湯と合方したり、桂枝湯と合方したり出来ます。
次は桂枝加朮附湯です。このテキストで訂正しておきたいのは、適応症の最後にALS(筋 萎縮性側索硬化症)が書いてありますが、古いまま削除して ないのです。今のところALSは鍼も漢方も全く効きませ ん。10年後にはどうなっているか分かりませんが。ALSの患者さんは滅多に来てくれないのです。たまに来てくれても、全く暖 簾に腕押しで、3,4ヶ月頑張ってみるのですが、結局地元 の病院に返ってもらうようなことになります。北海道に来て4例 ぐらいしか見ていません。九州にいたときも合わせて7例ぐ らいです。都会で沢山のALSの患者を見たら、もしかした ら糸口を見つけられるかも知れないのですが・・。何年かに一人ぐらいしか見られません。集中して見られたらと思います。

やはり頻度の多いリウマ チやアトピーや喘息の治療はかなりはっきりしています。PSS,SLE等 もかなり診ますのである程度の事は言えますが、やはりたまにしか来ないという病気は本当に難しいですね。テキストにはリウマチには意外なほど効かないと書 いて悪口を言っているのですが、私がリウマチと接してきた地域ではという事です。リウマチについて成書に、一番書いている人達はどこでやっているかと言う と、富山医薬大附近です。あの附近だったら桂枝加朮附湯あるいは桂枝加苓朮附湯の効くリウマチが結構いるのだろうと思います。リウマチと言うのは寒で発症 するのではなくて、実は湿で発症します。ただし、温邪は寒と一緒に入ります。でもリウマチの本来の原因となっているものは、体内に入っているリウマチ因子 です。要するに湿と寒を伴ったものが入ってきて、内部にあるリウマチ因子と経絡上で応するのがリウマチだと私は考えています。内外両因病という言い方をし ています。リウマチ因子だけで発症する訳ではないのです。リウマチ因子は本来人間は全部持っています。リウマチと癌の遺伝子を持っていない人はいません。 しかし全員が発症するとは限らないのです。経絡上にリウマチ因子があり、うまく湿邪がそこに入って来たときに発症するのだと思います。

私が前に居た所は南の島 で暖かく湿っているのです。富山一帯は寒くて湿っています。今居るところは寒いけれど乾燥しているのです。九州の場合はリウマチの患者さんは非常に少ない です。でも、暖かいので湿邪だけでやられ発症したら非常に重いのです。でも、富山だったら、すごく沢山の人が発症してしまうのではないでしょうか。湿邪が 一番入りやすいのです。北海道になるとちょっと違うのですね。乾燥しているところで湿邪にやられるのですから、かなり内因的なものが強いのかも知れませ ん。九州よりも多いのですが富山程は多くないのです。乾燥した北海道で軽いリウマチとして発症するものも、富山の気侯だったら湿邪が強いので結構症状が強 く出てしまうのではないでしょうか。このように病証が強くないのに症状だけが重くなる状態のときは、桂枝加朮附湯で充分効くのだろうと思います。薬味を見 れば解ります。桂枝加苓朮附湯になると全身を少し調節する作用もありますが、桂枝加朮附湯は湿をとる朮と温めて痛みを和らげる附子が入っているそれだけの 薬なのです。消炎剤はほとんど入っていないのです。

強いて言えば桂枝が少し 消炎作用がある程度です。炎症を抑える成分というものが入っていないのです。対症療法的に寒さをとってやると良くなるリウマチに使用されていると思いま す。でも富山一帯ではそういうリウマチが多いのだろうと思います。富山ではリウマチの患者さんに全部、桂枝加朮附湯を投与したら90%95%の 人は治るのかも知れません。あとの10%5%の人は、治らないので更に強い薬を使った治療に入るのではないのかと思 います。ところで、私のところで桂枝加朮附湯を全然使っていないかというと、そうではありません。どういう時に使うかというと、重いリウマチでも麻黄の使 えない患者さんの場合です。

麻黄は20人に1人 ぐらい副作用が出ます。胃がつかえる人、動悸する人、汗が止まらなくなる人、口がカラカラに渇く人、めまいがしておきられない人、顔が真っ赤になってしま う人等が居ます。20人に1人ぐらいそういう症状が出ますが、そのうちの9割くらいは慣れます。都会だったらそういう場合、出し続けるのが難しいか も知れませんね。患者さんが嫌がる様だったら早めに処方を変更したほうが良いかも知れません。そういう場合、桂枝加朮附湯にして、消炎剤として香附子とか 柴胡の入った薬も使います。

(ここで質問あり。白芍等 を使って血行改善や冷えを取ることによって、リウマチを治療するのはどうでしょうか?)

芍薬は末梢血管までは拡 張しません。末梢血管を拡張するのは当帰ですね。芍薬は肝気が滞っていれば全身の血流を良くします。だからリウマチの治療に良い作用は多少あるかも知れま せんが、そこまでの作用は無いような気がし事す。良い質問ですね。先程言った様に香附子、竜胆、柴胡等は一応肝気を動かす作用がありますが、芍薬は肝をな だめる柔肝という作用になります。芍薬は積極的に肝に作用するというよりも整えるという作用です。でも実際に香附子、竜胆、柴胡が合わない人には確かに芍 薬を使うこともあります。実は桂枝加芍薬湯の時に話した様に、桂枝と芍薬が同じ分量の場合、芍薬はどちらかと言うと桂枝の上衝を整える作用を助けるぐらい の役目になります。だから先程言った芍薬の作用を出すためには芍薬を桂枝より分量を多くした桂枝加芍薬湯でないといけないのです。桂枝加芍薬湯だったら肝 気をめぐらす作用がもうちょっと強くなります。いわゆる柔肝益脾と言って肝をなだめて脾を助ける作用が強く出ます。そういうことで麻黄が使えない人に桂枝 加朮附湯と消炎剤として香附子、竜胆、柴胡を使いますが、それもつかえない人になると芍薬を使います。でも仕方なしに芍薬でも加えておいた方が良いかなと いう感じです。現実に薬が合わない人もいるのですね。本当に弱い人で、麻黄もダメ、香附子、竜胆、柴胡もダメという人が居ます。今私のところで二人ぐらい 居ます。苦労して苦労して仕方なしに芍薬ぐらい飲ませるかという人が居ます。桂枝加朮附湯はやはり茯苓を加えたほうが良いようです。最近、茯苓について 解って来ました。今まで茯苓は紅参程使われていなかったのですが、茯苓をいろいろな疾患に加えてみると、どうも紅参よりしばしば良いのです。紅参は脾を亢 め肺を亢めますが、太陰にしか作用しないのです。茯苓は本来三経に作用します。肺や脾にも作用しますし、厥陰には作用しにくいのですが、心や腎にも作用し ます。こういう薬に附子を加えることが多いのですが、それで三経に作用し体全体が整え易くなるのです。脾胃論によると紅参によって脾や肺が良くなると全身 が良くなると書いてありますが、茯苓はそれよりももっと直接的に肺や脾や心や腎を亢めてくれるので、最近ずうっと使ってみているのですが、やはり茯苓の方 が良いんですね。紅参を出すと良い人も居ますが、すごく飲みにくいという人もいますし、結構副作用を訴える人もいます。お腹が張るとか血圧が上ってくると か変な症状を訴える人がいます。茯苓のほうがはるかに副作用が出にくいですね。何故使われなかったのかと言うと、昔は品薄だったのです。朝鮮人参はかなり 昔から栽培されて来ているのです。茯苓は本来は地中にあるキノコですから、トリュフは豚に探させますが、茯苓は昔はきっと勘で探していたのでしょうね。紅 参は良い値で取引されていたのですが、茯苓は品薄の割には安いのです。近年、茯苓も栽培される様になって比較的安く造れるのです。紅参の10分の1ぐ らいかも知れませんね。意外と今まで使われていなかったのですが、紅参より使い手があります。脾や肺や心や腎に働き先天も後天も亢めてくれます。丁度、MOF(多臓器不全)を 起こす機序の逆で、多臓器を統一化させる作用を持っているのです。解り易く言えば茯苓が働くと自然治癒力が亢まって来ます。茯苓そのものには消炎作用は無 いのです。でも、桂枝加朮附湯なら温めて水を動かすだけの作用ですが、これに茯苓を加えた桂枝加苓朮附湯は上記の様な作用が加わり体全体を調節して自然治 癒力を亢めます。もちろん、紅参を加えるともっと自然治癒力が亢まります。茯苓は原末で加えても、ちゃんと書かれている通りの効果を出します。あまり揮発 成分がからんでいないからだろうと思います。エキス剤でも例えぱ苓桂朮甘湯でも、桂枝の作用は別として、茯苓の作用は傷寒金匱に書かれている通りの作用を 出します。だから、茯苓の入っている処方を積極的に使っても良いですし、茯苓を原末で加えてもほとんど副作用無く飲みづらさも無いので加味法で使っても良 いのです。私は使い始めたら徹底して使いますので、今は200人 ぐらいに出しています。あれを飲むと合わないみたいだといった人は1人 か2人しかいません。大抵の人はあれを飲んでから体が引き 締まって来たと言います。

次は桂枝加竜骨牡蠣湯で す。竜骨は必ずしも恐竜の骨ではないのです。古代の脊椎動物の骨です。その元となるのは牡蠣とよく似たものなのですが、竜骨の方は長い年月地中にあったも のですから、いろいろな微量の金属類を含んでいるのです。微量金属が不足すると人間の神経を興奮させたり、気力が無くなったりするのですが、竜骨はそうい うものを補うのです。竜骨だけで使用されることはほとんど無く、牡蠣と組合されて使用されます。牡蠣はそれ程択山の金属を含んではいませんが、両者が結合 されると全体としてうまく金属を補うような作用になります。牡蠣の説明に制酸止痛作用とありますが、特に制酸作用はエキス剤や煎じ薬では全く出ません。こ れは全くの誤解です。牡蠣は、からいりして砕いて粉にしたもめでなければ制酸作用はありません。安中散に入っていますがエキス剤や煎じ薬では制酸作用はあ りません。牡蠣は炭酸カルシウムそのものです。桂枝加竜骨牡蠣湯というのは本来は桂枝湯ですが、桂枝湯証にみられる気の上衝は何で起こるかと言うと、先天 性の腎の虚の為です。腎が充分立ち上ってないので心火や肝気が上るのです。上衝を下げるのが桂枝で、腎の虚を補うのが竜骨、牡蠣なのです。先天的に立ち上 がりが悪く、親からもらった生命力が弱くてこの状態になると桂枝加竜骨牡蠣湯の状態になり、年をとって先に腎が衰えて来ると柴胡加竜骨牡蠣湯の状態になり ます。この場合は気の上衝があまり強く出ないのです。むしろ気の上衝の代わりに神経の緊張があります。要するに腎の衰えで肝が一生懸命補おうとして頑張る から神経の緊張が起こるのです。それが柴胡加竜骨牡蠣湯です。だから桂枝加竜骨牡蠣湯をわし掴みにしようと思ったら、桂枝湯証で腎虚であるという事だけな のです。桂枝湯証だから気の上衝があり、その原因は腎虚であるということだけなのです。桂枝湯証だから、お腹を触れば当然腹直筋が張っているし、どこかに 汗をかいているし、気の上衝があるから時々ポッと顔が赤くなります。対象疾患に書いてある病気は皆そうなのです。

今目は新年会があります ので、今日のこととか今までのことで何か聞きたい事がありましたらその場でお答え致します。どうもご静聴をありがとうございました。

 

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