10回 「札幌 下田塾」講義録

 

こんばんは。最近九州の先生から質問がありました。まずそれについてお話しします。皆様にお配りした陰陽病証概説をご覧下さい。(添付図あり)

本来、臓から出発する病気は全部陰病なのですが、陽の病証として現われる時は見せかけであっても実質であっても実証を出しやすくなっています。外から入ってくる病気が腑まで達すると逆に陰の病証になってしまいます。非常に大切なところは中央の太い矢印で書いてあるところです。陽の病証は経絡付近が主戦場になります。外から入ってくる病気が臓まで行ってしまうと外邪に負けて死ぬ時ですので、その手前の腑が壁となってはね返すので、経絡にからんで腑の病証として発生しやすいのです。逆に陰病は陰から発生して完全に外部まで出切ってしまうと臓の気が尽きてしまうので、皮部ぐらいではじき返されて発症することが多いのです。いずれにしろ陰病も陽病も経絡を主戦場として発症します。だから太陽病と言うのは太陽小腸経、あるいは太陽膀胱経の上半分ぐらいのところで発症するのです。太陽と陽明の合病だったら太陰肺経とか陽明胃経とか大凡その附近で発症します。内因病もそうですが外因病もよく追ってみると、経絡と関係ある病証を出すことが非常に多いのです。この考え方は経絡説と臓腑弁証と漢方薬の考え方とを全部一体で説明したものです。私に質問された先生は日本漢方は鍼灸理論と湯液理論を分離してしまったことが、いろいろな混乱の原因になったのではないかと言っています。これはある意味では正しいと言えば正しいのですが、では日本漢方が根本的に間違っていると言い切れるのかと言うと、必ずしもそうではないのです。内因病は中から出て皮部で発症し、主戦場となるところは経絡です。だから鍼をするときは鍼灸院とは違います。中から出る病気はほとんど皮部で発症しますので、私のところでは全部皮内針をします。私の所に来てやっているのを見れば一目瞭然ですが、とにかく歩けないということできた人が鍼を置き終わった段階でほとんど症状が取れると言う鍼をして、しかもそれで診断が確定し、それに応じて薬を出すというやり方をしています。急性疾患の時はあまり鍼治療をしないのです。急性疾患は中に入って来て腑まで達していますので一般の鍼灸院でやっている長い鍼を使うべきですが、中から出てくる病気は皮部まで出てくるので皮内鍼で届くのです。急性疾患の長い鍼を使って治療したらほとんど対症療法になってしまいます。だから鍼灸院で鍼をしていると、鍼をしている時は何か気持ちが良いけれど抜いてしまったら元に戻るということが非常に多いのです。私のところでやっている鍼は一過間以上は効き続けますし、鍼が合っていれば二週間後には前と全然違う良い状態で来院します。

鍼はそうなのですが実は薬というのはどうなのかと言うと、皮部も臓も大して関係ないのです。薬は腑で吸収されて経絡に直接影響を与えるのです。だから薬が合っていれば鍼をしようがしまいが薬が効いてしまうのです。その為に発達してきたのが古方の方証一致なのです。これは私はあながち悪いものとは思いません。それでも限界はあります。方証一致すれば重い病気も治るのですが、治せない範疇の病気があるのです。例えば目の前に患者さんが、坐ったときにこの人は太陽膀胱経に熱性病を出しているとか、脈診、腹診等して陽明病だとか、内因病を見るとき細かく脈をとり、お腹を触り、この人は脾が犯されているとか肝が犯されているとか診断するのですが、日本漢方のやってきた事は経絡理論とか臓腑理論を一切抜きにしています。目の前に坐った患者さんを見て、「あっ、麻黄湯だ!」と「傷寒論に書いてある麻黄湯の証が出ているではないか。」と言います。あるいは四逆散の状態だとか、小柴胡湯の状態だとか。しかし目の前の坐った人の証で診断が出来れば、これは立派な診断法なのです。現実に中途半端な理論でやるよりも日本漢方のほうが良い治療をしているのです。いつも言うように中医学の理論は非常にクリアカットなのですが、中医学ですごく華々しい治療成績を出したと言うのは未だにないのです。ちょっと打ち上げ花火式に「これは良いぞ!」と言いますが、すぐ消えるのです。しっかりとした治療を今でも出来ているのは日本漢方です。方証一致は決して悪いことではないのです。今病んで反応している腑や経絡に、経絡理論がなくてもスパッと入って行く薬を選んでしまうのです。これは全く悪いことではないのです。ところが限界があるのです。方証一致の基本となっているのは傷寒論と金匱要略です。それとその後の人が残した口訣です。だからその範疇外のものは全く診断できないのです。例えば耳鳴りとか突発性の難聴とかは、おそらく全然治療できないと思います。日本漢方の場合、例えばアトビーとかは傷寒論にほとんど当てはまる病態がないので治療できないでしょう。傷寒論はまだ疫病が大流行していた時代の治療が中心に書かれていて金匱要略では慢性疾患が半分ぐらい書かれていますが、それも今の時代の生活習慣病やアレルギー、アトビー(これはほとんどダイオキシンがらみで、空気中のものやいろいろな食べ物に含まれています。)等が無かった時代です。だから傷寒論や金匱要略や、後から口伝えに伝えられた口訣の範疇に無いものは治療できないのです。それと不内外因もあまりうまく治療できないようです。更に最近、内外両因の病気があるのだと言うことがちょっと分かってきました。陽病は中に入ってきて腑にぶつかったところで発病し、陰病は中から出て皮部にぶつかるぐらいのところで発病します。陽病は出発点が外で陰病は臓なのですが、内外両因病というのは、どうも経絡そのものに最初から発症するような感じがします。そしてどちらの方向にも影響を与えるのです。最近分かってきたのはウイルス性の慢性肝炎(急性肝炎は普通の外因病です。)と自己免疫疾患といわれるものが内外両因病であるということです。

自己免疫疾患は膠原病、橋本病、自己免疫性の肝炎、ITP等ですが、これらは東洋医学的には皆同じ病気のようです。どれかから始まって、またどれかが出てくるという人がいっぱいいます。人間は生きている中心があって五臓のどれかが弱いとお話ししました。病気は五臓の強弱によって発病形式が分かれるだけのようですが、例えば一臓がやられてリウマチを治療していると、橋本病が出たり自己免疫性肝炎が出てきたりします。自己免疫性肝炎を治療していたら、リウマチがはっきりしてきたと言う人が数え切れない程居ます。何が内外両因病かというとウイルス性肝炎の場合解りやすいのです。肝炎ウイルスが人間の体の中に潜り込んで最初は発症しないわけですが、(急性肝炎は外因病です。)一旦潜り込んでしまうと、外から来たものだけれど自分の中の一部のような顔をしています。それに対して人間の自己免疫が、ある時にこれは変だと言って反応し始めて、肝臓という都市を舞台にして戦うのです。それを西洋医学はずっと抑えようとする治療ばかりしてきましたが、やっとこのごろインターフェロンで本気で戦う治療がなされる様になりました。漢方は肝炎に対しては戦わせる治療をしています。インターフェロンの治療成績は漢方と大体同じぐらいの割合で、3人に1人ぐらいセロコンバージョンをしてウイルスが消えてしまいます。そのあり方というのを見ていると、どうも純粋な内因病ではなく外から入ってきた病いの要素も有り、治療によって臓は正常になりますが、臓から発症するものでもないのです。鍼の効き方とか薬の効き方とかを見ていると、どうも中間ぐらいの感じがします。それと全く同じ様に自己免疫疾患も、リウマチ因子というものがその代表なのかもしれませんが、何かそういうものが人間の体の中に潜り込んでいて発症するのです。リウマチ因子に代表されるものは肝炎よりももっと古いもので、外国である程度推測されているあるものは、200万年前ぐらいに人間のDNAの中に既に繰り込まれているのではないかと想像はされているのです。そういうものを人間の免疫系があるとき敵だとみなして戦いを開始するのですが、その戦いの場所がどこかで膠原病になったり、橋本病になったり、自己免疫性肝炎になったり、ITPになったりするのです。ただ薬で治療していく部分ではそんなに複雑ではないのでその都度お話します(鍼の効き方を考えるとちょっと難しい点はあるのですが)。但し内外両因病だけは薬の使い方も基本的な考え方も違うのです。

外因病の治療は中和する事です。寒が入ってくれば温薬、暑邪が入ってくれば冷やすものを入れるのです。外から入ってくる邪に反対するものを入れるのが治療の原則です。ちなみに補瀉について言えば、体が強く反応しているときは実証になりますし、外邪に表面が破られて、負けかかってちょっと弱っているときは虚証になります。例えば太陽病で一番実の状態に使うのは麻黄湯です。ちょっと弱いのに使うのは葛根湯です。もっと弱いのに使うのが桂枝湯であり、中間に使うのが桂麻各半湯です。桂麻各半湯には補瀉全部の薬が入っておりますので瀉薬でも補薬でもないのです。結果として症状が実であれば瀉すことになるし、同じ薬を使っても補すことにもなるのです。

内因病の場合は明らかに違います。内因病はいつも言うように臓は虚して行くのです。そして臓の症状が出たら大変ですので腑に下受けさせて、大抵、腑の実の症状が出ています。これが内因病の一般的な特徴です。どのくらい虚の症状が出て、どのくらい実の症状が出ているかだけの差なのです。どの臓が虚していてどの腑に実の症状が出ているのかを見極めて、虚している臓を補い、実している腑を瀉すのが内因病の治療の原則です。問題はただこれだけですので純粋の内因病、外因病の治療は難しくないのです。純粋の内因病はかなりこじれていると言われる人でも非常にクリアカットに治ります。数日で症状が取れてしまうぐらいはっきり治ります。いっも言うように、今言った不内外因と内外両因病というのは非常に難しいのです。

不内外因は経絡を横断してしまうからなのです。内因病にしろ外因病にしろ、ずっと通って行って経絡に沿って発症しますから、経絡に沿って調節してあげるとか鍼をするということで治療が可能な訳です。経絡が横断されると非常に治療が難しくなります。延々と治療していても今までに完治する事はなかったと思います。経絡が横断されていても一番強い症状のところから何とか緩和してあげる事はできますが、やはり完全にはとれないのです。三経全てにわたっている症状をうまく調和してとってやる事はできません。もちろん、それは今の僕の能力かも知れません。十年前にこれは治療できないと言っていたものでも今は治療できるようになったものがいっぱいあります。でも今のところ不内外因を完治できた記憶というのは無いのです。

内外両因病は非常に難しいけれど、何とかかんとかなるのかなと思っています。内外両因病の治療原則は「戦わせる」ということです。でも大変ですね。東洋医学でも戦わせない治療をやっているところがたくさんあります。西洋医学では肝炎でインターフェロンを使うようになって、やっと戦わせる治療をするようになりました。肝炎治療についての全経過は皆さん知らないと思いますが、B型肝炎については私が卒業する頃、オーストラリア抗原と言われていました。卒業して23年後、ようやくラテックス凝集反応で、抗原・抗体が測定されるようになりました。その頃は肝炎治療のファーストチョイスはステロイドでした、その後免疫抑制剤が使われました。それでへルシーキャリアの人にステロイドを使ったり、免疫抑制剤を使ったりしてどれだけ死なせたか分からないのです。とにかく戦わせまいとしたのです。でも今、自己免疫疾患に対しても同じ事をやっているのです。ステロイドを使ってもうんと軽いものだったら治るのです。私のところに来る患者さんは、ステロイドを使えば使うほど悪くなる人たちです。患者さんはステロイドを使うと少し良くなり、その後だんだん悪くなり、更に使えば使うほど悪くなり動けなくなるということを自覚しているのです。その段階で覚悟してきてくれるから私のところではやりやすいのです。旭川から来られている先生はいつも欺くのです。私のところは覚悟してきてくれるので、苦しい治療をしても続けてくれるのですが、都会ではそういう治療をすると二週間か一ケ月ぐらいで大体患者さんは他の所に行ってしまって、治療を継続できないのでちょっと可愛そうなのですね。要するにある程度軽い自己免疫疾患ならステロイドを使っても治ってしまうのですが、ある程度以上重い人はステロイドを使えば使うほど悪化するのです。肝炎にしろ膠原病にしろ、自分の体内に居るウイルスやRA因子等とどこかを戦場にして闘っているのです。肝炎もウイルスが肝臓をやっつけるのではないのです。ウイルスが肝臓にゲリラ的に潜り込んでくるのを自分の軍隊である免疫系が戦いを挑み、戦場が荒れるのです。それが肝炎なのです。リウマチなども皆そうです。自分の中に潜り込んでいるRA因子やいろいろな因子が、例えば甲状腺に潜り込んで戦いが始まると橋本病になりますし、肝臓に潜り込めば自己免疫性肝炎をおこします。筋肉や関節を戦場にすればリウマチになります。皮膚を戦場にすれば強皮症になります。ただそれだけのことなのですが、ステロイドというのは何をするのかと言うと、パレスチナ和平と同じことをするのです。戦いが起きるのは貧困が原因なので、物質援助すれば良いというので、援助物質をどんどんやるのがステロイド治療なのです。ステロイドをやれば一時的に戦争はなくなります。本当に貧困や対立がそんなに深刻でなかったら、そこに援助をすれば明るくなって、まあいいやと言って戦争が終わることもあるかも知れません。ところがある程度重いところだったらどうなるかというと、物質援助を受けてある程度和平が続いているうちに互いに力を蓄えて、やがてもっと大きな戦いが起こってきます。分かりやすく言えばそれがステロイドで膠原病等が治らない理由なのです。免疫抑制剤は何なのかと言うともっと分かりやすいのです。戦争が起こるのは武器があるから武器を取り上げるのですが、敵から取り上げるなら良いのですが味方から武器を取り上げてしまうのです。だから免疫抑制剤をやっているとそのうちに敵が暴れ出して来て味方は全滅してしまいます。それと同じ事をやっているのですね。今、肝炎にファーストチョイスでステロイドをやったり免疫抑制剤をやったら犯罪になるのではないでしょうか。性懲りも無く西洋医学は膠原病等にこういう治療をやっていのです。ようやく肝炎にはインターフェロンをやるようになってきました。インターフェロンと漢方治療は同等です。効く例もよく似ていますね、ウイルスの量が多すぎるとダメです。ウイルス量を測って量が少なかったら「インターフェロンをやりたかったらどうぞ、ダメだったら戻っておいで。」というように患者さんの希望に任せます。どうしても不安だから漢方で治療したいという人には漢方治療をします。でも西洋医学ではインターフェロンでオール・オア・ナッシングなのですが、漢方治療ではセロコンバージョンを起こさなくても、肝硬変や肝臓癌の発生するのを遅らせるのは統計学的には出ています。だから無駄な治療にはならないのです。漢方治療は戦わせる治療をします。その人の反応しているところにもろに揺さぶるような薬を使うのです。一番典型的治療は柴胡をリウマチに使うというような事です。昔の本には柴胡はリウマチには禁忌と書いてあります。それは戦いが起きて、それを収める方法が解らなかったからです。逆に柴胡を投与して悪化したらそれはリウマチであるとまで書いてあるものもあります。何故悪化するかというと戦いを起こすからです。こういう内外両因病と言うのは経絡に発症しているので経絡を揺さぶって全面的な戦いを起こさせたほうが早く良くなるのです。リウマチの経過は典型的な場合は治療していると、むしろ検査値は悪くなります。CRPも上りますし、リウマチ反応もドーンと上ってきますね。血を作る余力も無くなり貧血も出てきます。栄養状態が悪くなってしわが出てきたりします。特にステロイドを使っていた人が全面的に止めますので、一時的に悲惨な状態になって、都会ではドロップアウトしてしまうのでしょうけれど、何とか通ってきてくれると、半年とか一年ぐらいで薄紙をはがすように好転してきます。リウマチ因子も下がってきて、甚だしい例ではリウマチ因子が消えます。要するに肝炎のセロコンバージョンと同じです。ただ肝炎の場合は数週間の単位ですが、リウマチの場合は全経過が一年か二年ぐらいになります。

今年の異常気象についてお話します。今年は非常に特徴的な夏でした。暑くなかったという意味ではありません。暑くない夏はときどきあります。最大の特徴は日照が少なかったという事です。ちなみに夏というのは立秋までです。夏で一番大事なのは7月の上旬から8月の上旬ぐらいまでです。何が特徴的だったかと言うと、一つは夏バテの患者さんがこんなに来ないという年はないという事です。今まで私は夏バテというのは暑さだと思っていました。どうも考えてみると暑さではないようなのです。暑さは何とか防げるのです。エアコンを入れたりして暑さは凌げても夏バテはするのです。実は北海道の人は夏バテをするのですが、九州に居るときは夏バテの薬等はほとんど使いませんでした。九州の人は暑さに強いのです。九州の夏は日蔭でも37°、38°、39°ぐらいは普通です。炎天下では地上からの輻射熱で50°近くなりますが、それでも皆元気なのです。九州に居たときは夏バテの薬を使った事はほとんどありませんでした。ひと夏に1人か2人「本当に私は夏に弱いのです。」という人だけにしか使ったことはありません。ところが北海道に戻って来た翌年の夏は30°以上にもなって、北海道としては非常に暑い夏だったのです。7月の下旬ぐらいになると沢山夏バテの人がきました。昼間の温度が25°ぐらいになると次々と夏バテの患者さんがきます。夏バテの薬があるということを北海道の先生方は知らなかったのですね。ツムラさんに清暑益気湯という非常に良い夏バテの薬があります。それまで北海道ではあまり使われていなかったので、ツムラさんも油断していたのでしょう。私が清暑益気湯を使い始めたら北海道中から掻き集めても足りないぐらいになりました。因みに言えば九州の人は寒さに弱いので、附子を使う量は北海道で使う量の倍ぐらいになります。ところで今年は夏バテが少なかったのは暑くなかったからかというとそうではないのです。実は何年か前のお米の取れなかった夏は、陽は射していたのです。陽は射してからっと涼しかったのです。あの年は夏バテの患者さんは結構ちやんと出ているのです。夏バテというのは何なのでしょうか。夏というのは人間の体の中を支配しているのは心で、普通でも夏は心火が上るのです。でも大抵は大したことにはならないのです。暑さだったら外気温をエアコンを使ったりして凌げるのです。ところが日光の輻射熱が関係しているのでしょうか、日照は心火を増強するみたいです。心火が上ると肺が焼かれます。心火の伝播で脾が焼かれます。これが夏バテです。これは五行の関係ではないのです。これは解剖学的関係です。要するに心火が上って肺と脾の太陰の部分が焼かれるのが夏バテです。暑くてもこの現象は起きないですね。ところで心は夏に悪い作用だけをするのかというと、ある種の人達にとっては手助けになるのです。夏バテしやすい人は当然太陰の人です。補中益気湯とか清暑益気湯はほとんど太陰に効く薬です。この人たちは助かったのですね。非常に困った人たちが居ますが、それは少陰の人なのです。心と腎を中心に生きるのが少陰の人です。少陰の人は夏場は少陰が生きている中心でありながら、その心が弱いのです。そして夏場はその弱いところを働かせなければならないのです。少陰の人と言うのは御日様のエネルギーをもらってその助けを借りて、一所懸命夏場は働くようなのです。ところが、これは今年初めて私も気がついたのですが、7月の20日過ぎから通ってきている人たちの中で非常に具合が悪くなる人がかなり出てきたのです。ずっと見ているとほとんど少陰の人なのです。症状は本当にガス欠の状態なのです。何かわからないけれど本当にエネルギーが切れてしまった様になるのです。要するに一所懸命働かないといけないときに日照が応援してくれないので息切れ状態になってしまうのです。そして立秋を過ぎて、その一番働かなければならない時期が過ぎたら又戻って来たのです。

ところが立秋以後に悪くなってきた人が居ますが、それは厥陰の人です。実は皆さんも診ていると思います。リウマチというのは9割ぐらいの人が厥陰の人なのですが、リウマチの人は今年秋になってから何となく症状が強くなってきています。皆、検査して確かめてみたのですが、全然悪化していないのです。リウマチが悪化しているのではなくてどうも気候の影響なのです。実は夏の期間は人間の体の表面は全て開いています。開いていて日光のエネルギーを入れて直接それを使うのは少陰のです。太陰の人や厥陰の人というのは、この間に少しエネルギーを蓄えていて一年かかってそれを使うようです。蓄えが足りなくて秋になったら肺が優位になってきますから肝が抑えられるのです(相克関係)。蓄えがあれば肝は反発して対抗できるのですが、ちょっと肝の動きがおかしくなってきます。太陰の人はエネルギーを蓄えられなかったのですが、逆に夏バテが無かった分、今のところ相殺されています。しかしエネルギーの蓄えが足りないので冬にインフルエンザがかなり悪化します。夏に日照が足りなくてエネルギーが蓄えられなかった太陰の人は冬に心配なことになりますので、一応そのことを頭に置いて置いてください。

今日は桂枝湯からです。桂枝湯を単独で投与する事はほとんどありません。この間、桂枝湯を1人処方しました。50代の若いおばあちやんが風邪を引いた孫を連れてきました。その孫は立派な麻黄湯証でした。そのおばあちやんは、自分も風邪気味なのでちょっと診てもらおうかなと言うので診察しましたら桂枝湯証でした。この様な時ぐらいで、桂枝湯単独で処方するのは年に一度ぐらいでしょうか。でも非常に大事な薬なのです。これが解らないと他のいろいろな薬も解らないということになります。これは麻黄湯と対極をなす太陽病の薬です。麻黄湯は一番強い人に使う太陽病の薬です。風邪などに一番多く使うのは葛根湯です。古方の先生達は麻黄湯や桂枝湯や桂麻各半湯をよく使います。昔は麻黄湯や麻杏甘石湯がよく使われていました。多分それぐらいの薬が効く、強い人しか生きていられなかったのかなあという気はするのです。それと抗生剤の影響もあるのかもしれません。今は純粋な太陽病として発症するような症例はあまり見ないです。今は太陽と陽明の合病として発症する人が圧倒的に多いです。太陽と陽明の合病と言いますが、太陽が一緒に発症しているというだけで、ほとんど中心は陽明です。これは脈を診ればすぐ分かります。陽病即ち傷寒等、外から入ってくる病気の場合は一番浅い脈がパッと浮いて来るのですぐ分かります。傷寒には脈診に勝る診断法はありません。慣れてくると、何も診ないで脈診だけで診断がつけられるほどになるのです。例えば葛根湯の場合は肺や脾の位置の脈がちやんと浮いてきます。麻黄湯や桂枝湯の場合はちやんと心や腎の脈が浮いてきます。太陽の脈が浮いてくれば太陽病です。陽明病単独というのは、ほとんどなくて太陽と陽明の合病になるのですが、肺と脾の脈がパッと浮いてくると太陽と陽明の合病ということになります。太陽は陽明と一緒に発症しているだけですので脈も陽明の肺と脾が中心になります。脈診だけで何も確かめなくても桂枝湯証なら桂枝湯の条文が備わっています。脈を診て太陽と陽明の合病だなと思って診ると、葛根湯の条文どおりの患者さんが目の前に居ることになります。要するにある程度強い人は陽明ではじき返して、太陽で全面的に戦い麻黄湯証になります。うんと弱い人が陽明で発症できなくて、陽明を早く過ぎてしまって太陽に来て発症するのが桂枝湯証です。うんと弱い人というのは何が弱いのかと言うと、親からもらった先天の気、即ち生命力が弱いのです。先天の気が弱いのはどこに現れてくるのかと言うと、やはり衛気の働きにです。全体的な気力と言うのがちょっと足りないような状態です。先天の気が足りない人は生まれつきですので、後天の気の育ちもちょっと悪くなります。

そうすると外に対する防衛力も弱く、気の廻りが悪くなります。廻りが悪くなった気はしばしば上に上ったり、皮水の廻りを悪くします。陰の気を上げられなくなり、陽の気も下げられなくなり、ボーツとして上気して大抵の場合は足が冷えます。先天性のそういう状態は非常に強い症状ではありません。その状態に効く一番軽い薬が桂枝なのです。太陽病ではもっと強い状態はいろいろありますが、一番軽い状態の特徴として現れるのが桂枝の対象となる状態なのです。桂枝は大変良い薬です。桂枝、芍薬、生姜、大棗、甘草と五味が入っていても桂枝湯と言う名前です。桂枝湯はあたかも桂枝の対応する状態に、一番効くように作ってあるのです。だからこれはあまり強い薬ではありません。生姜、大棗は後天の気を補っています。芍薬が入っているのは、こう言う人は皮膚の汗腺がいつも開いているので、そこから次から次へと外邪が入って来てしまって、強く反応する暇もないので皮膚を締めるためです。桂枝湯の人はいつも風邪をひいています。表面が開きっぱなしで開きっぱなしだから汗も出ます。場合によっては便もたれ流しになり、垂れ流しの体質とも言えます。その状態を軽く調節するのが桂枝湯です。桂枝湯の体質の人がうんと強い風邪をひくとどうなるかというと、桂麻各半湯の状態になります。もうちょっと強いと、桂枝加葛根湯や場合によっては葛根湯の状態まで変わることもあります。でも、桂枝湯の人はいつも軽い風邪をひいている状態ですが、桂枝湯の人は桂枝湯の風邪をひいても医療機関に来ないのです。大抵は家でアメ湯を飲んだり、生姜湯を飲んだり、ハチミツレモンを飲んだりしています。私なんかは「ブランデーにお砂糖を加えてレモンを絞って飲むと良いですよ。」と勧めたりします。それで充分なのです。強く反応する間もなくちょこちょこ風邪をひき、風邪なのか風邪気味なのか分からない状態です。風邪なのか風邪気味なのかは脈を診れば分かります。桂枝湯の人が風邪になると心か腎の脈が軽く浮きます。微浮という状態です。それが傷寒論に脈の説明として書いてあります。

中風というのは脳卒中のことではないのです。中風と言うのは寒邪のうんと弱いものを言います。中風に当たったぐらいの桂枝湯体質の人は、太陽の位置の脈が極く軽く浮きます。桂枝湯体質の人は風邪をひいただけでは医療機関にきません。しかしそれに何かが加わるとやはり医療機関を受診します。桂枝湯状態で軽く気の上衝があり、軽く汗をかき、ちょと風邪をひいて気の上衝が強くなってくると、この場合使うのが桂枝加桂湯です。桂枝去芍薬湯はいうのも同じ意味合いがあります。気の上衝が激しくなると皮膚の開きっぱなしの状態が何故か減ってくることが多いのです。桂枝加桂湯は桂枝湯に桂皮末を加えればエキス剤で簡単に造れます。エキス剤の桂枝湯の桂枝は揮発成分が飛んでいます。桂皮末を加えれば揮発成分も入っていますのでよく効きます。桂枝湯証の表面の部分がよければ芍薬を除くと言いましたが、芍薬の作用は皮膚を引き締めますが逆に肝の緊張度合いを適度に緩和してあげることで、肺や脾の働きも調節して、全体を整えるのです(相克関係と肺と肝の争いを緩和)。芍薬を増やしていくと表を引き締める作用よりも裏の部分(肝、脾、肺)に対する作用の方が強くなってきます。芍薬は柔肝益脾で肝を和らげ、脾の働きを増す作用の方が強くなってきます。これが桂枝加芍薬湯なのです。桂枝湯の人が風邪をひいて、本来たれ流しの人ですから、すぐお腹に入って下痢をし始めた状態が桂枝加芍薬湯の証です。桂枝湯の人がお腹に入って桂枝加芍薬湯になっても必ず桂枝湯の証はあります。気の上衝もあれば自汗もあり、なおかつお腹の症状も強くあります。それでお腹のほうに強く向ける為に芍薬を加えます。内因病の場合、桂枝湯体質の人は先天も弱く後天も弱いのですが、後天の弱い人がストレス(大抵はこれ)によって肝が苛められると、後天(肺の腑の大腸)が更に負担がかかって痙攣性の下痢状態になります。その状態を緩和するのがやはり桂枝加芍薬湯なのです。この場合も桂枝湯の本質的な体質は、ちやんと診れば存在します。桂枝加芍薬湯の適応の最大のものは過敏性腸症候群です。過敏性腸症候群の人はストレスがかかると下痢してしまうのです。そのとき桂枝湯体質を和らげながら、柔肝益脾をしてあげて、ストレスによる機能症状を和らげてあげるのが桂枝加芍薬湯です。

ところが外因病でこういう状態でお腹に熱邪が入り、逆に便秘になったりすることがあります。その場合、熱邪も一緒に取り除こうとするのが桂枝加芍薬大黄湯なのです。判りやすく言えばこうなのですが、ちょっと違うニュアンスもあるのです。実は、感冒性の下痢あるいは食あたりによる下痢は、桂枝加芍薬湯より桂枝加芍薬大黄湯の方が早く下痢が止まる場合があります。西洋医学と言うのは異変を嫌うのです。吐いたり、下痢したり、非常に汗をかいたり、激しく咳き込んだり、すごく沢山痰が出る等の症状をすごく嫌うのですが、でもそれを積極的にやらせるという考え方もあるのです。例えば肺炎をおこしているときは、咳を止めるよりも痰を出したほうが良いのです。悪いものを食べたときは胃洗浄をするよりも吐けるなら吐いたほうが早いのです。お腹のなかに悪いものが入って醗酵してしまって下痢が始まったら、それが悪い食べ物であれ邪気であれ、外に出したほうが良い訳です。明らかに外因病で邪実であれば、下痢をしていても桂枝加芍薬大黄湯を使うのです。こういう時、桂枝加芍薬湯を使っても下痢は止まりません。桂枝加芍薬湯は下痢止めではないのですね。それは柔肝するだけで肝をなだめて脾の働きが正常であるならば、悪いものは取り除いて体の外に出そうとします。桂枝加芍薬湯で脾や肺(その腑は胃・大腸)を正常に働かせれば、むしろ下痢はひどくなるはずです。バラドックスみたいですね。そういう時に桂枝加芍薬大黄湯に切り替えれば、激しくドッと下痢をしてその後ピタッと止まるのが現実にあります。だからあながち下痢していたら桂枝加芍薬湯で、便秘していたら桂枝加芍薬大黄湯ということではないのです。東洋医学的治療というのはこの辺が面白いところです。但し、内因病の場合は単純に大黄の差になります。内因病は肝のところでストレスがらみで反応している訳です。特に過敏性腸症候群の人は便秘をしたり、下痢をしたりします。西洋医学的治療でこれを治そうとすると大変ですね。痛み止めを与えるとお腹がバンバンに張って便秘しますし、下剤を与えると下痢が止まらなくなりますし、お腹が激しく痛みます。要するに痛み止めと下剤が相反してすごく大変な治療になるのです。

IBSの八割の人は桂枝加芍薬湯か、桂枝加芍薬大黄湯か、あるいは二方を混ぜ合わせて使います。下痢気味の人は桂枝加芍薬湯の方にシフトさせ、便秘気味の人は桂枝加芍薬大黄湯の方にシフトさせます。混ぜ合わせ方でどこかでうまくコントロールできます。だからあまり過敏性腸症候群で苦しんだ事はありません。いろいろな本に書いてありますが、潰瘍性大腸炎やクローン病についてはちょっと責任を持ちきれません。私のところには、やはりこれらの疾患はあまり極端な患者さんは来ませんし、食生活の管理が必要であったりして通ってこられないのですね。ほとんど治療した経験が無いので、本には書いてありますが私は何とも言えません。過敏性腸症候群の八割はこの二方のどちらか、あるいは二方の中間方でほとんど完璧にコントロールできます。八割か九割はそうなのですが、残りはどうなのかと言うと、一つは柴胡桂枝湯でうまくいきます。それから結構、半夏瀉心湯が効く例があります。柴胡桂枝湯でうまく行く人はちょっと別なのですが、半夏瀉心湯でうまく行く人というのは、実は西洋医学的問診で簡単に分かるのです。過敏性腸症候群で桂枝加芍薬湯や桂枝加芍薬大黄湯が効く人は、いわゆる昔言われていた過敏性大腸です。半夏瀉心湯でうまく行く人は小腸性の下痢をする人です。大腸性の下痢をする人はしぶり腹の状態です。何度行っても又行きたくなり、便が出てもすっきりしないのです。小腸性の下痢の人は突然ズバーツと下痢をして、その後は残便感もなく快適ですっきりします。小腸性の下痢だから心を瀉せば良いのです。瀉心と言う事は心の腑の小腸を瀉すことです。小腸の熱を冷ますのです。

これで桂枝湯関連で三つをお話ししましたが、次の小建中湯も同じ部類です。但し小建中湯は桂枝加芍薬湯に膠飴が加わっただけなのですが、これは内因病の薬で、ほとんど外因病には使いません。先にお話しした桂枝湯、桂枝加芍薬湯、桂枝加芍薬大黄湯は外因病にも内因病にも使います。小建中湯は何に使うかというと桂枝湯体質を改善する薬そのものとして使います。まあ結果としては良くはなるのですが、桂枝湯体質の人というのは結構いろいろ言いましたが、風邪をひきやすいからそれを治してほしいと言って受診することはないのです。桂枝湯体質は他にもあります。皮膚が開きっぱなしで、芍薬で引き締めようとしてもなかなかうまく行かない場合があります。そういうとき皮膚を守る薬の黄耆を小建中湯にくわえた黄著建中湯を使います。そういう格好で使いますが、小建中湯は桂枝湯体質の先天の部分は改善できないのです(桂枝は心腎(引)膀肺)。親からもらったものでこれは養えないのです。腎は養えないし、腎が衰えて行っているとき、それを補うことも出来ないといつも言いますね。だから桂枝湯体質を改善すると言いながら、一番大切な桂枝湯の効く部分は改善できないのです。そのため建中湯になると桂枝の名前が消えてしまっています。要するに先天の働きが悪いから後天の脾や肺の働きが悪くなるとこの子は胃腸が弱い、しょっちゅう下痢をすると言って初めて受診するのです。

もう一つ甚だしいのは鼻血を出します。黄耆建中湯は何度もとびひを起こす子供に使います。何度も起こすのは皮膚が弱いからです。でも、とびひで来るような子供でも、この子は鼻血を出さないかと聞くと、大抵親は出しますと言います。要するに脾が統血出来ないのです。お母さん達は鼻血が出たら耳鼻科に連れて行き何ヶ月も通いますが、そういう子でも小建中湯を飲ませるとその日から全く鼻血が出なくなるのです。耳鼻科の局所的な疾患ではないのです。鼻血と言うのは小児の虚弱体質の診断基準にしても良いくらいです。鼻をほじくったりぶつけたりして鼻血を出すのではないのです。そういうことではなくて、例えば、朝に顔を洗うとき、冷たい水を鼻に入れた途端に鼻血をタラタラと出すのです。何も外因がなさそうなのに鼻血を出すと言うのが特徴です。要するに脾の統血と言うのは血をあるべきところに統制するという意味です。脾の発育が良くないためにそれが出来ません。だから建中湯と言うのは中を建て直すという意味なのです。大建中湯は大きく補うと言う意味でより重い状態に使い、小建中湯はより軽い状態に使います。小建中湯でもまだ面白い話があります。おねしょをする子供に五苓散や桂枝加竜骨牡蛎湯を使ったりしましたが、今までで一番手応えがあったのは小建中湯の場合です。あるお母さんが4歳ぐらいの男の子を連れてきておねしょを治してくれと言います。4歳でおねしょは病気ではありませんね。でも2歳の下の子がおねしょをしないので可愛そうだというのです。

その時いろいろな薬を使いましたがダメでした。その時確かに桂枝湯系も使っているのですが、全然効いていないのです。ところがその子が6歳になった時に又つれてきました。今度はおねしょはお母さんはあきらめているのです。どうせダメだろうと思ってね。では何で連れてきたのかと言うと、最近突然鼻血がでるようになり、それもしょっちゅう出すようになったと言います。これは小建中湯だと思って処方したら、その次お母さんが来たとき、前のとき止まらなかったおねしょが治ったというのです。確かに6歳でおねしょが続いていたらやはり病気ですね。それと何かが関係して小建中湯の症状が表に出てきたのだろうと思いますね。私の経験では過去におねしょがピタッと止まってしまったというのは皆、小建中湯なのです。他の薬は効かないと言う訳ではありません。五苓散、桂枝加竜骨牡蛎湯、六味丸等も結構使ってみましたが、お母さんが根気良く飲ませているうちに、おねしょの回数は減るのですが、本当に効いたのか自然経過で治ったのか、いつか分からないうちにおねしょをしなくなったという感じです。小建中湯が効くときは鼻血がピタッと止まるのと同じ様にその晩からおねしょが止まります。これは小児の夜尿症の中には桂枝湯体質の一部があるのだと言うことです。だから全ての夜尿に効くというのではないのですが、そういうものもあると言うことです。小建中湯というのは面白い薬です。前にも言った様に大建中湯と小建中湯を混ぜて主として大人の体質改善に使います。大人の場合は、風邪をひきやすいとか下痢をしやすいという桂枝湯体質を、大人になるまで引きずってしまう人に使います。この中建中湯で非常に良い場合もあります。先程子供と言いましたが、子供から大人への成長過程がうまくいかなければ何歳でも使ってよいのかなと思います。小建中湯を単独で使って改善した例は、最高年齢では156歳の女の子がいますね。156歳なのだけれど、鼻血が出て、お腹が痛くて、そしてこっそり言ってくれたのですが、やっぱりおねしょをしていました。診察すると完全な桂枝湯の体質でした。その時確認したのは下痢しやすいのと風邪をひきやすいのと鼻血で、やはり大人なのに皮膚が弱い子でしたが、小建中湯を出したら見事に良くなって感謝された記憶があります。その歳まで桂枝湯体質を引きずっていたのですね。子供といっても七掛けの法則というのがあります。昔の人はすごく大人なのですね。人生が短かったせいもあるのですかね。明治の志士達は皆20代から30代の前半です。「白玉の歯にしみとおる秋の夜の、酒は静かに飲むべかりけり。」と詠んだのは若山牧水です。酒の真髄を知った人だなと思いますが、彼が死んだのは38歳なのです。そしてこの詩を作ったのはまだ20代です。今は長生きするようになった分、逆に成長が遅くなった面もあるのですね。年齢に0.7を掛けると丁度昔の人の年齢になります。実際の問題として起立性調節障害等は、私が医者になった頃は小学校高学年から中学校に入った時ぐらいがピークで、高校に入る頃は自動的になくなりました。今、起立性調節障害が一番多いのは高校生です。心療内科もやっているのであちこちの高校から不登校の子供が来ます。心の病気かと思ったら本当に起立性調節障害なのです。立派な体の病気で連れてこられるのです。それで薬で治ってしまうという子が結構いますね。20歳だったら七掛けすると昔の人の14歳に相当します。だから15歳になっても七掛けで1011歳ですから、鼻血が出てもおねしょしてもおかしくないですね。逆に歳をとってから出てくる病気も同じです。四十肩は昔は4050代がピークだったのです。今は70歳ちょっと過ぎるまで肩関節周囲炎と言われる人が来ます。

実際、東洋医学的に診察をしてみると、水毒による関節炎で四十肩、五十肩と言われるものです。70×0749で丁度合いますね。逆に40代で四十肩、五十肩の症状を出す人は確かに居ません。だから、現代の人間というものを見ていくとき7掛けという方法で見ていった方が年齢と漢方の関係が正しいかも知れません。年齢と漢方の使い方ですが、大体は若年層は瀉薬も使って良いし、分量も多く使って良いです。大体、急性疾患の使い方で良いのです。老年層になると大体補薬が多くなるし、分量も少なめになり、大体慢性疾患の使い方になります。これは鍼も同じです。鍼をする方は分かると思うのですが若年者には瀉法を使っても大丈夫です。逆に瀉薬を使わないと効かないというぐらい人間の反応性というものが強いのです。歳をとっている人に瀉法をやると、後で力が抜けて歩けなくなったり、かなり大変なことになります。皮内鍼と言うのはそんなに強い補法も瀉法もないのですが、それでもやはりお年寄りには一番軽い鍼の仕方をしますし、若年層にはかなり思い切った鍼の使い方をしますし、お薬の方でもそうです。成人のかたには余程頑強な人にしか麻黄湯等は使いませんが、12歳の子供が風邪をひいてきたらほとんどの場合麻黄湯です。大丈夫だろうかと思いますが、ほとんどの場合太陽病の実証として発症しますから麻黄湯をボンと一つだけやればそれで治ってしまうことが多いのです。この前来た子供は麻黄湯で治りましたが、前の風邪の時はあまり強いものではなかったので、葛根湯で治りました。お母さんがそれをとつておいて今回の風邪に使いましたが、熱が下がらないと言います。薬を飲ませても下がらないので坐薬を刺しましたが38°ぐらいまでにしか下がらないで、又40°ぐらいに上がると言います。これを聞いただけで麻黄湯と診断できます。非常に長く経過しているときは白虎加人参湯の場合もあるのですが、子供がそれになると前に話した様に独特な口臭というものがあるのですぐ分かります。その子はそういう臭いもないし、本人は苦しそうでもなく、結構ピンピンとしていました。それで麻黄湯と麻杏甘石湯を合方して出したら、翌日には坐薬を使わなくても37°台に下がって跳ね回っているという状態になりました。薬の量も急性疾患で若年層の場合は常用量の15倍ぐらいになり、老年層や慢性疾患の場合は23ぐらいになります。急性疾患も慢性疾患も、若年者も老年者も薬の分量が同じだったら薬理学も何もいらないです。これは当たり前の事です。西洋医学はどうもこのバランス感覚が無いのです。急性期の大量投与の分量をそのまま長期投与してしまって、しばしば副作用を出してしまうと言うのが西洋医学のやり方で多いのです。漢方薬も急性期の分量をそのまま長期投与していると、同じ副作用を出してしまうことになりますので、この附近を注意して使い分けて行くと良いと思います。どちらかと言えば総論的なものが多く、桂枝湯系統のお話ししか出来ませんでしたが、今日はこの辺で終わります。質問をどうぞ。

 

質 問

桂枝の薬効は気を整えるのか。

答 え

そのとおりです。桂枝と言うのは気に働きかける薬の代表です。陽の気と言うのは熱いものですから上に上りやすいのです。陰気と言う言い方もありますが、それは動かない気の事を言っております。本来、気は体の中を動き回っています。気は気血水と並べると陽になります。上に上りやすい気を一生懸命下に下げているのが陽経脈です。陰の気というか、冷たいものを一生懸命上に上げようとしているのが陰経脈です。病気の時はこの動きが断たれるものですから、陽気が上に上ってきます。気の流れが悪くなると皮膚表面の水の流れも悪くなります。これはあまり血は絡まないのです。気の流れを良くして結果的に気が上に上るのを防いで、皮膚表面と粘膜と腺上皮の水の流れを良くするというのが桂枝の大きな働きです。桂枝湯証の人はただこれだけだったら受診しません。これが強くなり桂枝加桂湯になると年に34人受診します。

 

質 問

ペインクリニックをやっていますが痛みに目を向けていたが臓に目を向けると良いと感じますが。

答 え

何故鍼をしたらその場で痛みがとれるかという事は、実際に私のところで見ると分かります。実は患者さんが痛がっているところには鍼をしないのです。痛みであろうが痒みであろうが、あるいは喘息発作であろうが、鍼は体全体の経絡を調節するだけです。対症療法的には耳に鍼をします。これで痛いところなどはとれてしまいます。この前、顔面神経麻痺の患者さんが来ましたが、顔面神経麻痺等は発症して翌日ぐらいだったらその場で麻痺がとれます。最初の時にお見せしたスライドの方は新鮮な例ではありませんでした。80回ぐらい星状神経節ブロックをして、それでも良くならないと言って来たのですが、その人でも3ケ月ぐらいで治りました。 これは麻痺が治った例ですが、要するに痛みというのは何か危険があるから知らせているのです。痛みは病気の本態ではありません。人間の体が危険に対処できていないときに一生懸命痛みを教えてくれているのです。危険というのは外因病の場合は外から来るものを取り除けば良いのですが、内因病の大部分は臓に異常があって、それを腑に伝達して危険だぞと教えているのです。鍼で治すものではないのですよ。やはり治すのは薬だといつも言っているのですが、鍼は 「この部分が異常だと言う事は確と分かったぞ」という信号を入れてあげる事なのです。鍼は治療ではなくて診断なのです。痛いところに鍼をしてそれで効くのなら(例えば電気鍼とか鍼に熱を加えるとか)良いのですが、そうではないのです。私のところでは痛みの場所とは別のところに鍼をして結果として痛みがとれます。それはどういう事かと言うと信号なのですね。どの臓が痛み、どの腑が痛み、結果としてどの経絡に症状が出ているか、それを「確と分かったぞ!」と信号を入れるのです。その経絡上に気の流れの異常として出ていますが、その気の流れを制御して整えてあげると自分の体を理解して認識してくれたと分かるので、痛みの信号を出さなくなるのです。そうでなかったらしばらく続いていた痛みがその場で取れる理由が説明できないのです。要するに痛みという信号を送る必要がなくなってしまいます。でもこれだけでは治療にはなりません。軽いものだったら人間の自然治癒力で治ってしまいますが、ある程度重いものだったら、鍼だけの治療は痛みの原因である臓や腑がほったらかしにされてしまいます。だから治療は薬だといつも言っています。何故、臓や腑が症状を出すのかというと、やはり何か不足があるのです。その人の生きる中心の臓は満度には造られていません。不足するものが積み重なると、その中心の臓が真っ先に難渋します。それが腑に伝わり、結果として病気(危険)を造り、病気の所在を教えるために痛みを出します。痛みを取るだけの治療だったら虫垂炎の時にモルヒネを打って痛みを止めたらどうなるかということになってしまいます。鍼だけをするのはかえって危険なことになってしまいます。最終的に痛みが止まったという事は診断が合ったということです。その人の経絡や気の病んでいるところを「こちらはとらえ切ったぞ!」と伝えることです。捉まえられたら、その腑の表現しているところや経絡の表現しているところを手探りして病んでいる臓の本質を捉えて、人間の自然治癒力を信じて、不足分を外から補ってあげるのが漢方薬です。漢方薬というのは食べ物です。不足しているものを正確に補うために、診断として鍼をやるのです。鍼で症状がとれれば間違いなく診断が確定してしまいます。例えば鍼をして肝が病んでいるとしたら、肝に対する薬をあげれば良いだけです。ただ最初は不足している分が多いからかなり大量に薬をあげます。ある程度症状が取れたらだんだん薬が減っていきます。西洋薬だったら長く飲んでいると薬が効かなくなり、どんどん増えていきます。漢方薬はだんだん減っていって症状が取れるのですが、それでやめて良いのではありません。もともと不足しやすい何かがある訳ですから、不足分が足りてしまっても失われていく分だけ補わなければなりません。それでも不足を補うときよりずっと少ない量になります。慢性疾患だったら薬の量が少なくなりますよ、という事はそういうことなのです。最大で13量ぐらいになります。そういう治療をすると、インフルエンザが流行って家中皆寝込んでいても、いつも病気で病院にかかっている人が全然風邪もひかないということが毎年いくらでも起こります。それは不足分が薬で補われるからなのです。

 

質 問

どの臓がやられているかの診断で脈診、鍼の他は何かありますか。

答 え

脈診が一番なのですが、他にもあります。例えば、耳鍼の穴を使えば結構診断できるのです。耳には沢山の穴があるのですが、どこかと言うと上図の部位です。刺激するのに市販の電気鍼等売っているのですが、あれはフォールス・ポジティブが多すぎてうまくないのです。私、昔何でやっていたのか思い出したのですが、普通の箸の先で探ると、その人の一番病んでいる臓の部分が最も痛がります。更に慣れてくると、例えば肝実脾虚肺虚で肝が中心だったら、肝の部分が一番反応し、脾と肺が次に痛がり、腎と心があまり感じないと言うのがだんだん分かるようになります。それと問診とを併せてやっていくとかなり診断が有効になります。但し100%ではありません。他に原穴反応というものも良く使います。主として足の原穴反応をとります。三陰のどれかを診るのですが、厥陰は太衝、少陰は太鐘、太陰は太白をとります。ただしこれは10人に1人ぐらいは脈診と解離する人がいます。間欠性跛行の人で23歩歩くと左下肢がしびれるという人で、脈と原穴反応が解離してかなり悩んだ例がありました。原穴反応はどう見ても肝で脈診は腎なのです。脈診を優先して少陰をとって鍼を置いたら、直ぐ歩いてもしびれなくなりました。脈診は本当に難しいのです。特に真冬になると脈診は間違うことがあります。だから耳鍼や原穴反応と脈診を対比してやります。

あとは望診も大切です。簡単なのは人相です。前図の通りです。太陰の人はしわがあるとしたら額に横じわだけがあります。厥陰の人は横じわがあっても良いのですが、 眉間に縦じわが2本あり、眉毛が中に寄ってしまいます。人相が悪くなります。でも厥陰の人は社会的に活躍している人は非常に多いのですよ。周囲にセンサーを張り巡らしていますから。少陰の人は眉間の真ん中に細い1本か2本の線があり、額から下方にかけて中心部が赤くなっています。調子がよい時はキビキビしていますが、調子が悪くなるとボケている感じで、この人は頭が悪いのではないかと思わせる状態になります。こういう望診もすごく診断の助けになります。方証一致の診断はお腹を触ったりして「この人は葛根湯だ。」等と言い、それで良いのです。でも臓腑弁証をやって行くには、上記のようなトレーニングと言うのがかなり必要になります。少しづつこれからも話していきます。大分遅くなったので、今日はこれで終わります。

 

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