はじめに

二十四節気の移り変わりの意味が良く解るためには、まず、陰陽五行の(というより五臓六腑の相関)ていうのが、頭に入っていないといけないし、患者さんを前にした時に、その患者さんの一臓が何であるか、主として犯されている一臓が何であるか、それは難経にも書いてあると思うんだけど、主として犯されるのは一臓なんです。五臓全部が完全に犯されたら、絶対人間は生きていけない。

主として犯されるのは一臓なんです。そして、その一臓を中心として五行相関で他の一臓あるいは他の二臓、大体三臓ぐらいが絡んでくることが多い。でも、主として犯されのはどこなのか?!

このあいだも言ったかもしれませんけど、肝実脾虚肺虚と脾虚肺虚、肝陽上亢というのは、似ているけど本質的には違う。

肝実脾虚肺虚は主として犯されている臓器は肝だし、脾虚肺虚、肝陽上亢の場合は最初に犯される臓器は脾なのです。あるいは、同じように非常に近く見えても、肺だけが虚して肝陽上亢をとる場合がある。肺が虚したために肝陽が上がって、結果として脾が抑えられる。その三角関係のどこが主か、その一臓を見極める。

その患者さんの犯されている一臓(主として病んでいる一臓)は、裏返せばその人の生きている中心なのです。それがすごい場合は、肝の病証が主病証である人は、肝が悪いからこれが無ければ良いのかというと、たとえば肝が病んでいる人は、しばしばストレス疾患が多い。でも(皆さん臨床経験ある方は分かると思うけど)、ストレスを完全に取っちゃうと生きる力が無くなってしまう。生きる気力も無くなってしまう。

要するに、馬車馬のようにがむしゃらにやっているようで、やっている対象が完全に無くなっちゃうと、逆に廃人のようになってしまう。心を病んでいる人は、やっぱり心、そこで人間を支えている。大人の場合に一臓を見極めるということは、その人の人生の中心を掴まえることです。

子供の場合は、もうちょっとやさしくて、その成長段階に応じて、最初、腎から始まり、腎に伴って心の気が起こり、それから脾の気、肺の気が起こって、やがて肝の気が動き出すという順番になるから、子供のだいたいの成長の時期がどのレベルにあるかと起こる疾患を結びつけて考えると、案外簡単にどの臓が主として病んでいるかは掴める。それは、その時期その時期の成長の中心です。人生の中心です。それをきちんと捕らえて、主たる一臓と他の臓あるいは腑を、いろいろ本には臓腑関係、腑同士の関係が書いてあるけれど、やはり臓ですね。臓がどうであるかをきちんと捕らえることができると、二十四節気の動きは意味をなす。


症例 1  62歳 男性   頚髄症(頚椎椎間板ヘルニア)

主訴 左半身不全麻痺、歩行障害、頚部痛、左半身冷え、左膝関節痛

現病歴 

昭和37年 仕事中、仕事仲間から首の後ろに衝撃を与えられた。一時、症状は消えたが、7年後に再発。その後、前医で理学療法、薬物治療を継続し、平成5年より当院通院中。

一本杖で歩行。今、最もつらいのは頚肩痛である。それに対して週に一回トリガーポイント注射をしている。

処方内容    ツムラ抑肝散 5.0g   カネボウ当帰四逆加呉茱萸生姜湯 5.0g

        コウジン 3.0g     附子 0.5g

ダントリウム 3C ビタノイリン 3C プロサイリン 6C

(下田先生)どちらの首が痛いですか?

(患者)首は痛くないです。両肩が痛いのと杖をついているので左腕が痛みます。両手のしびれもあります。

(下田先生)手のしびれはどちらが強いですか

(患者)左です。

(下田先生)あと、他につらいところはないですか?

(患者)無意識のうちに、尿で濡らすことがあります。

(下田先生)お通じはどうですか?

(患者)正常です。

(下田先生)足が冷えることはありませんか?

(患者)歩くと温まるけれど、じっとしていると足が冷えます。

(下田先生)どこから冷えますか?

(患者)膝から冷えてきます。

(下田先生)膝は痛いですか?

(患者)歩きづらく、フラフラします

舌診:非常に白くて黄色い!。抑肝散は基本的にそんなに違っていない。本来は、柴胡と陳皮半夏が入っているのを使いたい。

このような舌は、消化器疾患では六君子湯の適応になるが、それでもこんなひどくならない。これだけひどくなるのは薬剤がらみが考えられるが、Nsaid 使っていませんか?

(主治医)使っていません。

望診:もう、顔を見ているだけで、この患者さんのやられている中心は二つにしぼられます。肝がやられているか腎がやられているかのどちらかである。(眉間の縦皺をしめして)もちろん、若いときの症状はどうだったかは分からないけど、(外側の縦皺を指して)肝か(真ん中の縦皺を指して)小陰の腎と心のどちらかです。お顔を見る限り、大体どちらかなんですね。

切診:(手足を触診しながら)四逆でいいだろうと思います。身体の中心部と比較して、足だけが冷えるのは人間普通だけど(それも本当は病的なんだけど)、手の先と足の先が冷えるのを四逆といいます。四逆を確かめるときは、手の掌側で触ると自分の湿気がついちゃうので、手の背側で触ると良い。手の掌側は熱があるので分かりにくい。この患者さんは手の背側で触るとひんやりとして湿気を感じる。しかし、手足とも指先でしか感じない症例もあります。これが出発か結果かは分からないですよ。主病の出発で出てくるときもこの四逆が出てくるし、あるいは、四逆とは西洋医学的に分かりやすく言えば交感神経の潜在性の緊張状態だから、結果としてなにか身体に不都合があって神経が緊張して四逆の状態になることもある。

体がwetであるかdryであるかは非常に大きな徴候である。まず最初に、手の甲で触ってみる。手足だけが湿潤で体の中心がdry だと違う考え方になる。

腹証:腎虚があることは間違いない。ずうと触っていくとここですーと指が入る、これが小腹不仁。もっとひどい八味地黄丸証は、もっと指が入り中に紐状のものを触れる(正中芯)。非常に珍しいけど、左の胸脇苦満がある。右の胸脇苦満はわずか。胸脇苦満は叩けば絶対分かるけど、触診でこんなにはっきり分かるのは珍しい。左の胸脇苦満も右と同じ意味あい。胸脇苦満は自覚症状でなく他覚所見である。胸脇苦満があれば柴胡を使う。

さあ、腎か肝かどっちかですね。

脈診:ここの肝の脈、チリチリ流れ出すような肝の脈はちょっと力をいれて押すと消えます(途絶えます)。他の脈はのこるでしょ。消えるところは主じゃない。腎が主で、肝が結果として動いている気がする。しかし、脈診は望聞問切の四診の中で切診にあたるから、舌診(望診)の所見の方が大になります。

原穴及び奇経圧診点:大衝に感じる。太谿に感じない。臨泣に感じる。陽清脈上に圧痛なし。

普通は消える脈は主脈にならないのだけど、やっぱりずいぶん肝を中心に戦ってきて、肝が疲れ切っているんだろうね。しかも、珍しいけど非常にこじれた位置(帯脈)に入っている。普通こういう人はきょう脈を通るのですが、たぶん帯脈を通じて三経に流れている。基本処方は、舌苔からいうと、抑肝散加陳皮半夏に葛根加朮附湯を加えると良い。

鍼:太白に反応なし。蠡溝に圧痛あり。昆侖に感じる。帯脈のツボに圧痛あり。(皮内鍼を左足臨泣、昆侖、蠡溝、内関、曲池、右光明、復溜、外関、尺沢、帯脈のツボに置きながら)人間というのは、どんな病気でも自分で自分の病気を治す力を持っている。それを失って無ければ、どんなにひどい状況にみえても、良くなっていくものです。症状は左のほうが強かったですね。痛みはどうですか?

(患者)かるい感じがします。

(下田先生)さっきより顔の表情がやわらかくなっている。人間は気の流れが良くなると表情が良くなってくる。(左に耳鍼しながら)病気が長くなると、人はみんな、『こんな風になっても、生きていかなければならないのか』という気持ちになってしまうものです。

(患者)何の役にもたたないのに。

(下田先生)生きていて役にたってない人なんていないですよ。

(患者)周囲に負担ばかりかけて、皆さんのお世話になって。

(下田先生)お世話することが、けっこうまわりの人にとって喜びになっていることがあるんですよ。奥さんはきっとそう思っていませんよ。(耳鍼を終えて)どうですか、すこし動かしてみてください。

(患者)左が楽になった。

(下田先生)これもちょっと迷っていたんだけど、右の症状が残るということは、気の停滞ですね。左が残るのは血の停滞なんです。

(患者)これで頭がしっかりしてくれたらいいんだけど。

(下田先生)これでどんどん動かしていくと心はついてきます。頭はちゃんとしてきます。

入ってきた時とぜんぜん動きが違うでしょ。ちゃんと元気になる力があなたにありますよ。強い治療をするよりも、レーザーを今日やったポイントに2週間かけて、その後、これらのポイントのちょうど対側を探してかけてあげてください。基本処方は、抑肝散加陳皮半夏と葛根加朮附湯。紅参はあっています。附子は増量する。犬血はぜんぜんありません。(患者退出)老化現象が少しでてきています。ある意味では、ちょっときびしいと言えばきびしい。ほっておくとだんだん老化現象が進んでいく。腎の病証が加わってくると回復不能になる。肝の主病証で留まっている段階で、一番重要なことは、weight trainingをやらせることです。こういう方は、こわがって筋力トレをしない、そのためにどんどん悪くなる。鍼やレーザーで痛みがとれてる内に、どんどん筋力トレーニングをやらせることが大事です。


症例 2    歳 男性   小児喘息

 治療をはじめて、そろそろ1年半になる。喘息系は2年で薬がいらなくなる。この子は、ストレスが関係している。ちょっと発作になると、母が過剰反応をおこす。

(母)昨日、発作を起こした。

(下田先生)春になったので、ちょっと発作を起こしただけと思う。季節の変わり目に起こる発作は心配ない。自然に乗りきっていける。今の時期は、普通の風邪はひかない。今は春の真っ盛りに入っているから、風邪をひく人は喘息かアレルギーを持っている人だ。そして、殆どの場合少し黴菌が絡んでいる。

脈証:子供の脈は指を一本づつつめながら診る。肺の脈に春の脈が打っているのが分かる。この子は、常に肺と肝が争っている。普通は、肺虚肝実のかっこうで発作を起こす、冬の始まり(秋)の発作はそうだった。けれど、今は肺実肝虚になっている。肺の脈が強く、肝の脈が弱い。分かり易く言うと、冬は中のものに反応し発作を起こし、春は外のものに反応し起こす。

腹証:右の天枢は、本来は大腸経のツボ、要するに、肺や脾の流れのツボだから、肺虚肝実ではここがおちこんでいて圧痛を訴える。今は、肺実だからぐっとでている。

処方は、普段は神秘湯で発作時は麻杏甘石湯合小青竜湯です。小児喘息に対しては、黙って目をつぶって出しても、この処方で9割はうまくいく。


症例 3   53歳 女性   慢性関節リウマチ(class 2,stage 3)

主訴 両膝・両手・左肘・左肩関節痛

   左肘・右膝関節腫張

現病歴

平成3年 手指痛出現、RAの診断受ける。

平成5年  前医でプレドニン処方、及び薬局で、大防風湯、附子、赤芍、茯苓を購入内      服していた      

平成7年 当院初診 CRP 5.42、赤沈 63/h、RA (+)。

    冷えなし、胸脇苦満なし、脈しっかり、腹部充実。

平成10年 現在、RAの合併症精査の目的で、内科入院中ですが、軽度の糖代謝異常と軽い胸膜炎を認めています。今、一番つらいのは、左肘関節痛と右膝関節痛です。

検査結果 CRPは5~10mg/dl、RAは(+)~(2+)、WBCは10000~15000、Hbは11g/dl前後で経過しています。

治療内容 2週に1回 リメタゾンiv

     物療、鍼灸

     

処方内容 

ロキソニン 3T セルベックス 1.5g リマチル 2T プレドニン 10g 

紅参 3.0g

カルスロット 1T

(下田先生)リウマチは、一番最初にやられるのは肝です。肝は経絡的に卵巣と繋がっている。女性のリウマチのかなりの部分は、更年期と関係する。

脈証:この方は、ほとんど肝の脈しか出ていない。肝と肺が脾よりもでている。肝に春の脈がでている。肺がかなり戦っているのが、edematousになっている理由ですね。季節の脈は間違いなく肝です。脈証は本当に繰り返しやるしかない。ある時、突然分かるようになる。脈証は麻雀の盲牌と同じで、最初はパイパンしか判らないが、繰り返していると五萬も判るようになる。昔は顔がもっと細かった?

(患者)はい。

(下田先生)さっき言ってた大防風湯はまったく処方が間違っている。大防風湯はリウマチがずいぶん経過して、炎症が過ぎ去った後に使う薬です。リウマチの後期で、廃用性萎縮がきているような状態で、リウマチそのものとしては最盛期を過ぎた状態。でも、薬局で処方する場合、なかなか強い薬は使いづらい、激しい反応がでる薬は使いづらいという面はある。でもせめて、麻黄は入れて欲しかった。せめて、桂芍知母湯だったら、違っていたかもしれない。

舌診:圧痕あるだけでなく色づいている。これはステロイドによる犬血です。舌の裏側を見せて下さい。犬血ですね。全体として少しポッテリしているのは、血の停滞による水の異常です。水というのは、単独では病症をあらわさない。気の異常か血の異常、気血両方の異常の結果水の異常をきたす。この人の場合は、明らかに血の異常による水の異常である。この方のかなりの症状は、もしかしたらリウマチの症状というより、ステロイドそのものの副作用かもしれない。

腹診:(患者)お腹もポッチャリしてしまった。

(下田先生)(手背で触れながら)防已黄耆湯のお腹に似ているのだけど、防已黄耆湯証はwetなんですが、この方はdry。でもやっぱり、四逆はある。四逆でdry。手足の先端はしっとりして冷たい。こちらの方が本質的には抑肝散の正証に近い。(左臍傍を圧しながら)しかも犬血がある。(血海を押して)痛いでしょ。(左臍傍を圧しながら)さっきより楽でしょ。指がすっと入る。腹部の犬血点は血海を圧迫すると軽減する。小腹急結はない。

処方は、抑肝散加陳皮半夏とヨクイ仁湯と附子かな。

鍼:まず、原穴で確かめます。大衝に圧痛なし、太白にもなし、公孫になし。(丘虚を圧迫しながら)胆経に反応がでている。やはりね、ステロイドのせいで表面に全部出てきている。腑の方にでている。基本的にはリウマチの位置でいいんじゃないかと思う。左太白に反応なし。蠡溝に圧痛あり。昆侖に感じる。帯脈のツボに圧痛あり。(皮内鍼を左の附陽、蠡溝、陽陵泉、内関、曲池と、右の光明、きょう脈上のツボ(交信)、外関、尺沢に置き、さらに曲泉に円皮鍼をつけながら)ここは、肝経の補母穴なので肝を強化している。ツボは肝経と肺経と大腸経ときょう脈を使いました。春はきょう脈に入ることが非常に多い。ちょっと動かしてみて?

(患者)楽、すごく。

(下田先生)あと、手首が痛い?(耳鍼しながら)耳鍼は、手足の鍼が一定程度効いているのを確認してからでないとダメ。体鍼で基本的な考え方が間違っていないことを確認してからでないとダメ。対症療法のために耳鍼をしても2週後には悪くなっている。鍼で効果あるということは、自分の中に治す力があることだから、ステロイドを切れる。ステロイドを切っていくとき、けっこう体がこわくなるので、人参を加えて補いながらステロイドを漸減していけばよい。今のお薬を続けていくと、表向き痛みが取れていても、だんだん体に障っていく。鍼は、あなたの中にある生命のエネルギーである気の流れに働きかけただけなの、それで痛みが取れるということは、鍼の刺激であなたの体が自分で自分の痛みをやわらげたということ。あなたの中に病気を治す力がまだ残っている。80歳近い人にだったらこういうこと言わない。確かに、薬をやめていくのは結構勇気がいることだけど、勇気をもってやめていき、病気と戦っていった方が良いと思う。


総合質問

(参加者)症例3に肝、肺、大腸経のツボを使ったのはどうしてか?

(下田先生)症例3は肝の病証なんですが、肝が主で脾虚肺虚になっているから、要するに三経に影響を与えている。たとえば、同じ肝の病証でも、肝腎両虚や肝心火旺であれば鍼の位置は変わってくる。それを結んでいる奇脈も違ってくる。症例3の方は、リウマチの典型位置なんです。だから、こじれていない、ステロイドを使われていたにも拘わらずこじれていない。要するに、厥陰経を主経脈として(肝を主として)、脾虚肺虚になって清脈で結ばれている。RAの一番基本的パターンです。症例1の方は、帯脈、あれはやっぱりかなりこじれている。帯脈は、常時三経にまたがっている脈なので、かなりこじれていないとそういう状態にはならない。

(参加者)婦人科では、生理の量が多いといった症状の治療が難しい。西洋薬を使っても、内膜症であれ筋腫であれ効果は一時的で、結局手術が一番ですよと言ってしまう。

(下田先生)生理異常というのは、衝脈か帯脈のどちらかなんです。うまく調節してあげれば、大抵うまくいきます。

五臓の中にどんな病証があるか?きちんと捕らえていく。そして、鍼の前に処方を決めることが大事です。鍼そのものの効果に頼らない。大事なのは診断です。患者さんの診断がつけば、自ずと処方が決まり、自ずから鍼の位置も導かれるのです。



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